改めて知る事

 12月初旬は京都で楽しむ予定でしたが、同行のひとりが倒れてしまいました。みんな高齢者、当然予測出来る事ですが、何となくみんな大丈夫と思ってしまったんですね。一人欠けてもつまらないから今回はキャンセルです。
又春にと言ったけどみんな元気なら良いのですが。確実に年々衰えますものね。
お陰様で私が今の所一番元気みたい。毎日の体操が功を奏しているのは確かだけれど、毎日みえる若い人たちと接触して一緒に笑って話しているのが一番の薬ですね!!有り難い環境です。
京都はキャンセルになったから銀座にでも出掛けましょうか。八丁目に美味しいコーヒーのお店が有ったっけ!

彌 叡
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美しい

美しい人は見て居るだけでも綺麗だなあと思うけれど、美は主観だからそれぞれ好みがあります。私を知っている人は、外と内が美しくないと感嘆しない事をご存知でしょうが、最近は外側美人が多くなってきたと感じて居ます。エリザベステーラーよりはイングリッドバーグマンを美しいと思いますし、今日亡くなられた報道があった原節子さんは美しいと思った人のお一人です。醜女を自認している私は、心美人!満足していますが、人様に不快な思いを持たれるのはイヤだから、今日も化粧水を塗りファンデーションを塗って紅をさしています。

彌 叡

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秋深し

久し振りに🍁狩りに出掛けましょうか等と友人達の話になりましたが、京都の11月はどこも満室、やむを得ず12月になりました。流石に🍁は終わっているでしょうし、京都の冬はしんしんと寒いからなー、半分萎み掛けた気持ちを奮い立たせて出掛けることになりました。友はすべて、あと何年だろうねと寿命をサラリと言える仲間、この日を大切に生きている人達だから、楽しい旅にしましょう!ルールが有って、一人一室、日中は楽しく…部屋に入ったら立ち入り無用、お節介無しです。いつも、自由な付き合いでけじめ有りですから良い友人達です。ゆっくりと深まる京都の秋を感じてきましょう。

彌 叡

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永年供養

朝洗面をして身なりを整える、決まった事です。まずは神棚の祈り、次いで大日如来を始め仏前に参ったら永年ご供養の前に座ります。良い香りのお線香は深呼吸をして身体中に入れたいみたいです。縁有って私達に託して下さった各家の永年供養を毎朝島津家とご一緒に行います。お位牌を一軒づつ読み上げて居ると、その方たちのお顔が浮かんでくる何とも懐かしい思いになります。そのお顔の後ろが静かならそして活気が有れば子孫も元気なんです。有り難いと思います。強度の地震でも皆様はビクともなさいませんでした。みんなの心合わせた祈りが満ちて居るのですね。般若心経を唱え舎利礼文を唱えるこの朝は透明な思いに浸されます。生きている幸せを感じるひとときです。

彌 叡

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お片づけ

 お片付けの一環で書籍も整理する事にしました。三つの戸棚いっぱいの本を取り出すと、買った時の事を色々思い出しました。全集から詩集、作家に惹かれて買った沢山の本は、折々慰めにも自分の未熟にも励ましにもなったのかもしれないけど、本のある風景が好きだったこともあったかも。若いって可笑しいですね。一冊づつ重ねて束ねながら、つい中を読み出したりして片付けがへたりになったりして。年末までには幾つかの本棚を空にしたいと思って居るのですが時間も限られて来ましたしね。ゲーテさんサヨナラ、堀辰雄さんサヨナラ、三好達治さんサヨナラです。イヤハヤ!

彌 叡

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羨望

 最近の若い人は背も高く足が長く顔が小さくて嘗て云われた八頭身の人などざらにいる。ライフスタイルが変わってきたせいか、153センチの私、大変羨ましい。尤も亡母に同じことを言った所、アナタはお肉もお魚も皆嫌いで食べられるのはお味噌と納豆ぐらいだったし、筋肉がよくつくテニスを毎日やっていたものねと解説されたことがありました。姉も妹も大きい人でしたが、確かに栄養面や運動面は大きな原因だと思いますが。羨望は勝手なお笑い草でした。ならば、それ以外の自分を作らねばね!?
昔勉強に来ていた男性は、先生の云うとおりにやっているのに霊感が鋭くならないと口にして私を唖然とさせました。表面の作法を覚えそこが入り口、その先を極めていくのが学びであり、深めていく個人の努力だと思うのですが。それに生来の素質が有りませんとね。どんどん進歩する人達を羨み妬んだ挙げ句消えて行きました。羨望も妬みも有って当たり前です。その時点の思考でしょうか。誠に人間の脳は難しい。

彌 叡

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お墓

 伊勢神宮への道は大変な山越えでした。一軒の家もなく狭い国道で、命を運転する人に預けますなんて冗談を云うほどの道でしたが突然小高い丘が現れ、それは墓地でした。こんな所に?と思いましたが、確かに土地がある以上集落が有って当然です。寄り添うように数十の墓がたっていました。日本中、最近はお墓やさんの霊園おすすめと檀家寺になる難しさもあって、至る所に霊園と言う墓地が出来ていますね。この形が良いのか悪いのかは分かりませんが、住職がおられない寺が増えたり誰もお詣りに来られないお墓が多いなど聞きますと、明らかに変わってきた思いと、こんなにお墓が増えてどうなるのかしらと戸惑いを覚えます。どこのご家庭も子供は多くありませんから末永く手を合わせて無縁墓地になりませんように。ああいう村の墓地にも色々ありましょうが知り人ばかりのようで良いなとも思いましたが。

彌 叡

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ルール

 どの世界でもルールがあり古い言葉では仁義が有ります。不可侵は守らないとなりません。今回の水行は、成晃が何事も学びに成ればよいと言う考え方だからやれたことで、本来は有り得ない事です。
他の行者に団体の一員として習った行を、自分が行うのは構いませんが、他の集まりの人を巻き込むのは明らかにルールに違反しているからです。茶道の裏千家のお弟子さんが表千家のお弟子さんに声を掛けて作法を教えるのと同じこで、本来許されない事ですよね。
成晃が大らかに、みんなが何でも吸収して強くなれば何よりと言う考え方だから出来ることだと、世の中のルールと仁義として知ってほしいですね。これからも、この姿勢は変わらないと思いますが、あくまでも成晃の許可があって出来た事と云うのを忘れないで欲しいですね。

彌 叡

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振り返って

誰しも人生の半ばで自分を振り返る時があると思います。この道を選んで間違いではなかったか、他に道があったのではないか、折々の選択、判断は正しかったかと心の声を聞いて考える時が何年かに一度必ず浮かんできます。堂々巡りをして最後は、一生懸命生きてそのとき此しか無いと決めたのだからという結論で自分を納得させるのですが。あながち間違いではないと思いますが、今回伊勢神宮に詣で神楽殿に降臨された神の光を浴びてある間に、わかりました。無駄などなかった!と。自分の能力体力、視野、そして周辺を全てみて歩いた道でした。その全部が自分なのだから悔やんだり悩んだりするのはおかしい。それでも自分に腑に落ちなかったら引き返してみれば良い。改めて私に神示を賜った伊勢の神に低頭して御礼を申し上げます。

彌 叡

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伊勢参拝旅行

今まで十数回参拝に行っていますが今年の参拝は違います。変わるけじめの年だと思ってます。この三十年いつも気になっていた小さな黒点が、この夏から消えて光がハッキリしたのですよ。遷宮の年が明けて落ち着いた神宮に誓いを立て強い禊ぎを戴いて、これから進める非常な喜びを感じてます。それもピュアな人達と。なかなかこういう出会いは無いものです。素敵な実り多い旅になりますように。

彌 叡

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プロフィール

彌叡

Author:彌叡
神の別魂を持つと言われて幾年。 神ながらの道を歩きつつ、思う事、感じる事を書いて行きます。
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