亡夫の祥月命日に当って

 もうすぐに7月に入り、参議院の選挙がありますね。
政治の話は中々興味がありますが、今回は投票したい人や党が見つかりません。
本当にいないのです。
今年は棄権かな?
候補者や応援者の心の中がハッキリ見えるのですものね。

 それよりも、6月30日は亡夫の祥月命日。
私が些かでも成長しているのであれば、夫のお陰です。
今年も夫を知らない方達から、沢山のお花や果物をお供えに戴きました。
それに、最近頓に私は夫の護りを感じているのです。
有難う御座居ました。

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器(うつわ)

 前総理が辞任をした事に対し、色々な人がメッセージを寄せてましたが、その中にあの総理は「器」じゃなかったのだと言う人がありました。
頭が良いだけでは人の上に立つ頭(かしら)にはなれないと申します。
私もそう考えます。

 この「器」については、私も始終考えさせられております。
器にない者がトップに立ったら、下の者はたまったものではありません。
じゃ、器(うつわ)って何だと聞かれます。
人間性も含めた度量、行動力、発想力、そして洞察力も必要だと思っています。
そんなに欲張っても身につかないと云う人がいるかもしれませんが、永い間視ていると、薄き厚きは違っても一つに秀でていると全部が徐々に備わって来るのですね。
面白いと思います。
人間はどんどん進化するのですね。
先天的に備わった人もいるでしょうけれど、大抵は生き方、努力だと思います。
広く視て、行き届かなければそれも実らない結果になって「器」じゃなかったと切り捨てられるでしょうけど。
今、名の出ている政治家には殆どいませんが、可能性のある人はいます。
是非、自分を顧みる人がトップになって欲しいですね。

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千日行 神から下された試練

 神から下された試練だったかもしれません。
昔々の事ですが、他人の保証人になった事がありました。
危惧していた通り、暫く経ってその人は破産してしまいました。
従って、保証人たる者、責任を負わざるを得ません。
巨額の弁済をして差し上げましたが、あらゆる法律書を読み、銀行法まで学びました。
当時、一時的に困りましたが、仕事に従事している者には、どんなに苦しくとも、一ヶ月たりとも、給料を払わない月はありませんでした。
経営者として当然の事です。
自分の身体を質に置いても、従業員に給料を払わない等、許される事ではありません。
大切な自分の仕事を手伝ってくれる人達であって、身内同然の情はあっても身内と同じ負担を負わせる等もっての外と云う事です。

 きちんと生きていると必ず報われます。
今はあの時の事が良い勉強になったと思ってますし、現在の様々な御相談にも自信を持ってお答え出来る知識も身に付いたと思っております。
殆ど3年間、まるで千日行の様な日々でしたが、今は笑って話せますね。
しかし、金銭貸借の保証人には、身内なら兎も角、人様には承知しない事です。
呉々も、です。

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賞味期限

 スーパーで買って来た品物に貼ってある「賞味期限」と云う文字を眺めている中に、ふと可笑しくなって来ました。
これって、食物だけではないじゃありませんか。
何にでも当て嵌る言葉で、この四文字で社会が廻り、喜怒哀楽の話も出て来ると思ったら、お腹が痛くなる程笑ってしまいました。
芸能人でも政治家でも実業家でも、そして夫婦でも、この賞味期限内ならチヤホヤされて社会の表舞台に立っているのですね。
一旦切れてしまうと、仕事の廻って来ない役者になったり、選挙に通らない政治家になったり、取引先に利をもたらさず、段々相手にされなくなったりするのですから、自分の賞味期間をどれだけ長く延ばして足元を安泰にするかが努力と云う事でしょうね。
食べ物の賞味期間、それに猶予を入れての消費期限には絶対逆らってはいけませんけれど、社会での生活には自ら期限を破る位の根性がありませんとね。

 「あの人は今」と云うTV番組や雑誌の記事を見ます。
賞味期限内ーつまり売れていた頃に運もありましょうが、どれだけ視野を広く努力したか、でしょうね。
それにしても、日本語は面白い。
色々な発想が生まれて、本当に楽しいです。

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手をかけなくても咲く花々

 アマリリスもサボテンも、全然手をかけてないのに今年も美しく咲きました。
おまけに匂いの良い蘭まで真白に咲き誇ってます。
ずぼらだけではなくて、本当に時間もないのですけれど、こうなってみるとなまじ人の手を加えないで、自然の正気を素って貰ったら却って伸び伸びと咲くのかな等と思います。
本当はそんな事はないのでしょうけど、植物の生命力に再び圧倒されております。
人間も負けておられませんね。
今日の次に明日が来ると思えば、今日頑張らなくちゃ!!

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責任をわきまえると云う事

 私考えますのに、簡単に使われている「責任」と云う文字ほど思い言葉はないと思っているのです。
親は子供を成人する迄きちんと育てる責任があり、それは人様に迷惑をかけない、そして自ら生きて行く根性を身に付けさせると云う事でもあると思います。
何かを学んでいて、自分が先輩と云う立場に立った人は、後輩に自分の姿を見せられる様、自分を律して指導してあげる、教えてあげると云う姿勢は、責任であると思っております。
それが人脈ともなり、良い循環がなされて行くのですから、自分にも良い栄養になりますものね。
前提としては、正しく学習していると云う事でしょう。

 色々な御相談を連日お受けしておりますが、この「自分の責任」をわきまえない人達がいる社会の中で、自分がどう歩いて行けば良いのか解らなくて悩んでいる若者が沢山おられます。
一年でも二年でも先輩の者が、自分の責任として配慮すれば解消するだろうと云う件が多いですね。

 此の頃、頓に思うのは、自分の事、自分の都合しか考えない人が増えているなと云う事です。
例えば、営業ならば、勿論数字が大事ですが、品物の向うにそれを使う「人」がいると云う大きな責任でしょう。
姑なら、自分が嫁として生活していた頃の自分の能力を思い起こして、今なら出来るけれど、あの頃は無理だったと言う部分をきちんと配慮して見る責任。
先輩としてのわきまえだと思います。

 要はいい加減に生きないと云う事ですね。
別に堅苦しく考えなくとも、自分の優しさが大きいか少ないかでしょうか。

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目千両ではなく、声千両

 よく透る声を持っているのは幸せですね。
どんな美人でも声が嗄れていたりするとセクシー以上に、百年の恋も冷めると云う事があります。
新総理がはっきりした声で答えると、鳩山氏の寝ぼけた様な声が、何ともいらいらして来ましたものね。

 目千両と云う言葉が昔からありますが、声千両かもしれません。
良い声を持って生まれた事は親に感謝しなければならないでしょう。
でも、訓練に依って悪声が美声になり、アルトがソプラノにも変わる事が多くありますから、やはりここでも倦まない努力が必要になりますね。
人生はすべてそうかもしれません。

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天皇皇后様より感じる事

 天皇皇后の驚く程の御忙しい御日程や、御心配な皇太子御一家の定まらぬ状態を見聞きする度に、皇統の厳しい「さだめ」をしみじみ考えます。
国民全体の穢れを一身に浴び、潔められ、代々の天皇の多くは「癌」で崩御なされております。
昔と異り、不幸な戦争を挟んだばかりに、皇室を軽んじる風潮もありますけれど、私は非常に敬虔な想いを持っております。
誰が、身を呈して護り祓ってくれますか。
神の分け御魂を戴いて生を受けた私は、近年殊に全てが透明に視えて来ました。
だから、一寸言葉も厳しくなって来ているのかもしれませんね。

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水戸の黄門様に会いました

 今日、電車で黄門様に会いました。
何代目の黄門様だったか、佐野浅夫さんです。
やたら姿勢の良い、かなりお年なのにサングラスをかけて、ちょっと普通の老人と違う方が奥様と前に座っておられて、どこかで見た人だなと思っておりました。
役者さんって、ある程度売れた方は良い服装をしてますね。
この辺りは沢山俳優さんが住んでいらっしゃるので良く会いますが、皆ダンディです。

 黄門様も地味ながらしっとりした良いジャケットを着ていて、奥様もさり気なくお洒落でした。
ピーンと張った声の台詞が気味の良い役者でした。
新劇出身の役者は、良く電車に乗りますね。
若手のタレント達の様に、すぐポルシェだランボルギーニだと嬉しがりの行動は取りませんね。

 爽かな夫婦像を見て、今日は何か嬉しくなりました。
今月は月例会の出席者が多く、また同日に夏越大祓も行いますので、お湯飲みが足りない様な気がして買いに出かけたのでした。
余り安っぽいのは嫌ですし、何十個と同じ物があれば良いけど等とつまらない事を考えて出かけたのですが、品の良いしっかりした仕事をして来た証の様な凛とした風貌を見て、黄門様の実像を視た様な想いを持ちました。
暮らし方や仕事の仕方は、顔に表れるものですね。

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旅への憧れ

 時々、旅に出たいなと思う事があります。
それも、イタリア・フランス・スイスの何処か。
昔行った時は、やはり全国は廻れず、主だったパリ・ロンドン・ローマ・ジュネーブ位でしたから、南仏やイタリアも端の方へ行ってのんびり観て来たいなと思います。
言葉が自由に操れたら、一人旅が一番良いのですけど。
それは家人がOKを出しませんね。

 後何回も遠方への旅行は出来ないでしょうけど、年に一回位日常空間から離れてみたいと思います。
東京の中でも知らない所が沢山ありますのに、言葉も通じない所へ行きたいのは、通じないからこそ自分の感性だけで雰囲気をつかめるから魅力があるのですね。

 でも、長く東京に住みながら、知らないのも癪ですから、江東区や荒川区、足立区や練馬区等、一度歩いてみようとも思っております。
足腰が動くだけ有難いですね。
昔なら、還暦が過ぎたら家に引込むおばあさんだったでしょうが、最近はデパートへ行っても美術館へ行っても、レストランでも高齢者ばかり。
解放感ありありで、世の中変ったなとつくづく思います。
御主人様はどうしてらっしゃるのでしょうね。
「留守番くらいはしてくれますよ」と言われた奥様のお顔を暫く見詰めてしまいました。
何十年も御主人を支えて内助の功を尽くされた方達でしょうから別に宜しいのですけれど、何かが違う様に思ってしまいます。

 旅の話があらぬ方に飛びました。

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時代は変っても、人は成長しない

 私が学んでいたのは江戸時代の歴史ですが、2千年以上、否もっと続いている日本国の中には様々な時代があったんですよね。
江戸時代だでも、士農工商千差万別で、「覚えた」なんてとてもおこがましくて言えません。
たかだかここ5百年程の中に驚くばかりの出来事があって、その折々の人間の気持ちが現在と少しも変らず動いていた事も、当然の事ながら今更の様に解って来ます。
縦の軸に徳川将軍家があり、そこから派生したものの多くは今現在と少しも変りありません。
大雑把だったものが細分化されただけなのだと思います。
中の人間はいつも考え、悩んでますね。

 人間って成長しないものですね。
化学や科学、医学が進歩したからと云って、それを使う技術が上達しただけで、人間そのものを見れば昔の人の方が優秀だった部分が沢山あります。
時代が変ったと、識者と称する人が良く申しますが、その時代、時代時代は当時の現代であったのであって、単なる物や知識が増えたに過ぎないと思います。

 五体満足に生まれた人間は色々出来た法律や規則や学問に取り囲まれて忙しくしておりますが、本質は一向に成長しないものだと、斜めに視る癖のある私は感じております。
残念ですね。

 ズ~ッと何千年経っても、人間はただの人間ですね。
抜きんでようと思ったら、並大抵の努力じゃ無理かも。

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礼節と配慮を忘れてはなりません

 どの様な社会にも上下関係は厳然として存在致します。
相手が総理大臣でなくとも、教授と学生、上司と平社員、師匠と弟子、何れの場でもそこには礼節がなければならないでしょう。

 先日、大層不快な思いをしました。
師匠が指導して気療の学習をしている時です。
一人の古参が見学していて、施療を受けている者に「大丈夫か?」と声をかけたのです。
師が弟子に伝授をしている時に、声など、まして必死に受けている人に能天気な如何にも優し気に声をかけるなど、無礼の極みです。
自分の立場を解っていないとしか云えません。
師に対しての無礼、学んで気療を施している者への無礼、この上もありません。
その一事で、人間が全て解りました。
普通の常識や礼節を知っている者なら、絶対に行われない愚か者だと思いますね。
まして、自分の創業、取引相手の紹介、全て世話になりながら感謝の意すらうかがえない行動に、私にしか言えない怒りを言わないではいられません。
勿論、皆同じ想いを、礼節と配慮を以て黙っているだけですから。

 私の目前に、また金線が走って来ました。
よくよくの時には、必ずこれが出て来るのです。

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民主党の延命、生き残り

 毎週水曜日の夜行われる伝授の会は、成晃が認めたお弟子さん達の研修日です。
その場で、「危ないと云われている民主党は、辛うじて延命しそうだね。」と結論が出ていたのは一ヶ月以上前です。
しっかり答えが出る様になって来ました。
ヒーラーやコンサルタント、アドバイザーと云うのは、頭が良いだけでは勤まりません。
感性、分析力、柔軟性、広い価値観、全てが普通人の域を越えないと出来る仕事ではないと、私は見ております。
それに仕事が好きでないと、絶対にものにはならないと思います。
長い期間学ぶだけでは、人の心を読む事など出来ませんね。
いつ迄も鈍くて進歩しない人は、やはり必死に学ぶと云う姿勢が欠けているのだと思います。
人間が誰でも持っている五感の延長で、六感の冴えた人間がそれを磨いて鋭くして行くと云うのは、何かにつけて役に立つと思いますし、前もって危険を避けたり、人助けをしたりと、様々に生きて行くと思います。

 昔から、私は守られていると思ってました。
でなかったら、とっくに生きていられなかったと思います。
凄いタイミングで、常に助けてくれる人が現れ、病気も怪我も癒りましたしね。
有難い事ですが、多分、我に役目をお与えになった方(?)神が、それを成す迄、去る事を許されないのだろうと感じてます。

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やっとアイスクリームを食べられた

 私が好きなアイスクリームは、レディ・ボーデンのバニラです。
良く知っている家人が時々買って来て冷蔵庫に入れておいてくれ、私がニヤニヤして食べていると「食べ過ぎないで下さいよ」と一言必ず付け加えます。
それ程、目がありません。
そのアイスクリームに、最近どうしても手が出ず、おまけに朝夕の食事まで恐怖になって来て、我ながら自分を持て余す数十日でした。

 でも、何となく、今日クリームを食べられました。

 食欲不振はやはりストレスだったかもしれません。
今迄の永い人生の中で、性格もありますけれど黙って心の中に収って生きて来た、そんなものが少し宛溜っていたのかもしれませんね。
それに此の頃、友人が亡くなったり、姉が病に倒れたりして、それも口に出すのが厭で、一人で色々考えていたのが影響してしまったのかもしれません。

 命って、生きるって、何だろう?って今迄の知識とは全然異る視点の問いが突然降って来たりして、必死に考えたりしていたのですね。

 人の念は強くて、姉が発作を起こしている時、私の肺の細胞も収縮します。
苦痛の訴えが突然飛んで来るのですね。
何もしてあげられないのに。

 突然、今日吹っ切れた想いがします。
何処かからサゼッションが降って来ました。
もう大丈夫。
生きている限り、元気に息をしようと思います。
しかし、人間はデリケートなものですね。

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生姜湯

 良い物を見つけました。
生姜湯です。
最近、生姜の味が何となく好きになって、冷奴も豚肉も素麺も、これは昔から伝わっている食べ方ですが、お寿司のがりも魚の生臭さが消えて、なくてはならない物になりました。
昔からあったのを知らなかっただけかもしれませんが、この生姜湯は熱湯を注ぐだけ。
寒い時も暑い時も、飲み口大変サッパリです。
血の循環も良くなる様に思い、気に入ってます。

 我が息子殿は山葵をすりおろして、少々の醤油を入れ、白米の炊立ての御飯につけて食べるのが好き。
美しい水の中に生えた山葵は、余りつんとした辛さはないのですね。
日本は色々な植物が素のまま楽しめて良いと、最近頓に思います。

 元気の良い雑草を抜いたり、伸び過ぎる榊の枝を切ったり、猫の額の様な庭でも何か自然に接している様で、ホッとします。
6月は紫陽花が咲きますね。
不思議な事に、放りっぱなしの蘭やアマリリスが、毎年咲いてくれて、生命力は自然と共にありと思います。

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プロフィール

彌叡

Author:彌叡
神の別魂を持つと言われて幾年。 神ながらの道を歩きつつ、思う事、感じる事を書いて行きます。
御相談はAdept・Mentor 島津相談室のHPの方からお願いします

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