自分の立つ位置を知る

 中山成彬氏が数々の発言で辞任されたと大きな記事になりました。
広い社会の中では、その発言に我が意を得たりと拍手する人もあるかもしれません。
それでも、人間「自分の立場」をよく肝に銘じるべきですね。
単なる個人の意見では承認されない場合があります。
政治家のみならず、一般人でも自分の言葉でもとを言うのは大切ですが、「自分の立場」「相手の立場」そして相手の考え、プライドも充分考慮して発言すべきものと思います。
私も何度か苦い怒りを経験しております。
口に出しても仕方がない事は切り捨てる事にしております。
せめて、最低の良識を忘れたくないと思っております。
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法事

 母の二十七回忌法要の知らせが届きました。
兄の七回忌も一緒に行う由、住職はきちんと記していて怠りなく知らせるのですね。
もうそんなに経つのかと、二行の戒名をしみじみ見ました。
今思えば、もっともっと母に優しくしてあげたかったと後悔します。
亡くしてから様々に想うのが親子なのでしょうか?
ですから、御相談を受けますと、年老いた親御さんの希みを出来るだけ叶えてあげてと申し上げます。
理と情をきちんと考え、後悔のない様、最も大切な事を忘れぬ様、お勧めします。
忙しい身、日帰りででも心を込めて合掌して来ようと思っております。

人として

 年を重ねると、得てして腰が痛い、肩が痛い、膝が痛いと、自分の不調を口にする人が沢山おられますが、最近では40代50代の男性迄が平気でそんな悩みを他人に言う様になって来たと思います。
自分の身体の不調を人に訴えて何になるのでしょう?
いたわりの言葉や慰めが欲しいのでしょうか?
誠にみっともない事だと思います。
病院に行って医者に愁訴するのとは全く違います。
それ位、自分の中に納めて、他人に不快な顔等絶対に見せるべきではないと思います。
人間のけじめ、節度です。
そんな様子を目にすると、幾ら優れた頭脳の持ち主でも、ハンサムでも、どーんと格落ちです。
自分の弱みは見せない事。
プライドです。

つきあい

 人間の中には、上っ調子な社交辞令の様なおつきあいをする人が数多くあります。
私はそう云うのが大嫌い!!
私は大体クールで醒めた人間ですが、情をかける時は思いっきり深くかけ、その裏にはひたすら誠実でなければならないと思っています。
しかし、それが通じる人と通じない人がいます。
長く生きていると色々な人に出会い、大層嬉しい時と情けなくなる人と、色々おられます。
自分の意がそのまま全てに通じるとは思いませんが、しっかりと相手を直視して、本当の人間の付き合いをしたいものだと思っております。

 良識のある両親に、平凡でもきちんと育てられた子は、結局最も人間的です。
過度には装わず、自然体で優しく、責任ある言動を忘れたくないものです。
それが育ちが良いと云う言葉に繋がります。

絵画

 デパートの美術画廊を歩いて来ました。
油絵が好きなので、遠くから見た絵画展の様子に惹かれて覗いてみました。
ああ云う場所は余り観客がおりませんから、すぐに係員が寄って来て画家の説明や興味の有無を聞きたがったりします。
それがいつも煩わしいので中に入らない様にして、外から覗く事が多いのですが、昨日は遠くで見ている係員ばかりでゆっくり観る事が出来ました。

 私の知っている画家達はもう年老いて古い作品しか出てませんから、手の出る様な物はまぁありません。
その人達の弟子位の年代に移って来たのですね。
フランスの下町の風景とか、アネモネの画とか、赤富士とか、心惹かれる画が何点かありましたが、もう少し深い絵になって来たら一点位良いかなと思いました。
若いのに師匠の影響なのか、妙に抑えたり、おとなしい色調があったりして、もっと爆発しても良いのに等と素人の勝手な評論です。

 いつも絵や書を観た後は、気持ちが落ち着きます。
好きだからではありませんね。
書いている人の心が伝わるのでしょうか?

比喩

 月二回の歌唱教育に行って来ました。
教えて戴いている先生は以前にも書いた芸大出身のソプラノ歌手、到底出る筈のない音を五度程下げて教えてくれます。
この先生の類い稀な所は、呼吸や発声に面白いアッと云う様な比喩をお使いになる事。
身体全体が楽器であるとか、胸をときめかす歌詞は何十年も前の夫婦の出会いの時を思い出しましょうとか。
頭の働きが抜群です。
何よりも美しくかぐわしいものが好き、この方は良い出会いでした。
殆ど知っている歌曲が多いですが、一つ宛意味や抑揚を知って歌うと、全然異なる歌になるから不思議です。
健康法にもなり、気晴らしにもなり、誠に有り難い一刻です。

 十年前は絶対に譲って貰えなかった電車の座席を、この頃は譲られます。
複雑な気分ですが、有り難く感謝をして、年齢Uターンを心がけております。
神様、お力をお貸し下さい。

理趣経に浸って

 彼岸の行事で理趣経の斉唱をしみじみと聞きました。
弘法大師が中国で恵果阿闍梨から伝授されたと云う理趣経は、単なる佛の讃歌ではないのですね。
様々の意味が含まれているのは聞いていますが、今日は目をつぶり手を合わせて本当に有り難く聞きました。
もう一つ有り難かったのは、護身法を学びにお出でになっている方の中の10人程が、朗々と一緒に唱えられた事です。
1年2年でよくここまで覚えられたと思います。
皆、本当に真剣に学んでおられるのですね。
到達とはまだまだ遠いと思いますが、確実に歩んでいると思います。
功徳等と云う俗語を敢えて使うとしたら、この姿勢が実生活にも良い影響で現れている事です。
皆、前向きで、深い思考を持ち始め、楽しみですね。
本日は全ての御先祖にしっかり届いたと感じております。
良い日でした。

政界

 今日は自民党の総裁選をTVで見ていました。
一人々々の顔に、その人の性格と育ちと経験が見えて、中々面白うございました。
結果は4回目の挑戦麻生太郎氏が選ばれましたが、順当だったと私は思います。
御当人が優れていると云うよりも、余り人材がいないと思ったのは私だけではないでしょう。
福田氏もやりかけた事が沢山おありだったと推察出来ますが、ホトホト厭気のさす事象も沢山おありになったのだと思いました。
じっくり時間をかければ、あの怜悧な頭脳は必ず成果をあげたと思いますけど、政界は綺麗事の通る世界じゃない様ですね。
駆引きも計算も必要でしょうけど、誠実と潔癖だけでは何も解決しない政界と云う恐ろしい世界だと云う人も元議員の中におり、難しいものだと思います。
自分の生まれ育った恩義のある故郷を捨てて刺客となる等の言を聞きますと、みっともないとまず思い、その下品な発想を笑いたくなります。

食事

 麺類は茹で方で随分味が変わります。
一番難しいのは日本蕎麦だと私は思っておりますが、昨日久方振りにイタリア料理店に行き、パスタも微妙な時間の差で歯応えも味も変わる事を再認識しました。
ソースの種類によっても、秒単位で茹でる時間が違う様です。
ゴルゴンゾーラをたっぷり使ったパスタは、さすがにプロの味でした。
ちょっとカロリー過剰の気がしましたが、身体に力をつける為に戴きました。
今年は例を見ない酷暑でしたから、ソーメン、冷麦、ざる蕎麦と冷たさを追いかけた食事を毎日とっていた様に思います。
漸く虫の声すだく初秋に入って来て、ノーマルな食事になりましたl。
おみおつけの美味しさ、白い炊きたてのご飯、有り難い日常です。
何でも極端はいけませんね。
夏バテの後遺症を取らなくてはなりません。
軽いストレッチと牛乳と熟睡と、普通の食事。
段々元気になって来る様な気がします。

御彼岸

 幼い頃の御彼岸の記憶と云えば、彼岸花が真っ赤に咲くお墓に、入れ替わり立ち替わりあげるお線香の煙がもうもうと空に上がって行く様子です。
誰が植えたものでもないのに、道路から家に入るまでの10m程の道に、今沢山の彼岸花が咲いております。
見れば見る程、変な花ですね。
葉もなくて茎だけ真っ直ぐに立ち、赤い花が外に向かって咲いております。
何か一寸気味の悪い花でもあります。
良く墓地等に咲くと辞典には載ってますが、丁度秋の彼岸に咲くと云うもの妙に思います。

 御彼岸には大輪の菊を沢山生けて祖先を慰めようと思っております。
色々美しい花があっても、菊はやはり一番気品があって、おまけに長持ちしますし、美しい花です。
御出席の皆様方と一緒に、しみじみと理趣経に浸り、御供養を申し上げたいと思いますし、それが出来る幸せを感じております。

医学

 徳川初代将軍家康が食通で色々珍しい物を食べた末、勧められた鯛の天ぷらを食べて中毒症状を起こして亡くなったと聞かされていました。
しかし本当の死因は、胃癌だったそうです。
現代の様な検査組織もなく、何となく胃の具合が悪いと云う状態が続いて進行したのでしょうね。
昔から、腫れ物、出来物と云われたのは内臓の腫瘍だったのでしょうが、腑分けと云う解剖の技術が一般的になるのは、ずっと後世の事だったと思います。

 現代の医学のレベルは驚くばかりですが、でも反面、専門分野以外は理論しか知らない医師が増えている様に感じます。
忙しいのは解りますが、医学生は全科を学ぶのですから、患者の愁訴はきちんと聞いて対応して欲しいといつも思っています。
私は自宅で色々聞けるから良いのですが、一般的には言われた通りの薬を飲むだけで、病気の理屈も解らないと云う人が随分おられる様に思います。
患者は沢山質問をして、ちゃんと答えてくれる医師を選んだら、不安も減るかもしれませんね。

友の書

 友人である書道家の展覧会に行って来ました。
例年開かれるのですが、お弟子さんも含めて何十点かの作品が展示されます。
そんな場所での友人は、堂々として采配を振い、中央に大きな作品も何点か掲げられて、あぁこの人はプロの書家だと思わせます。
時々会う素顔の彼女は、至ってせっかちな江戸っ子で、魅力があります。

 この方の守り神は伊勢神宮で御縁が出来た「風の神」
以来、師匠の真似の様な固い感じだった書風が、空を舞う様に伸びやかになりました。
もっともっと上に伸びる方だと思っております。
李白とか杜甫の漢詩が一字ずつ趣のある書になって、様々の想いを起こさせてくれるので、普段あまり親しみのない漢詩の意味を知る機会にもなって、友人の学識への敬意も含め、大層良い時間が持てます。
最近マスコミで騒がれている書家に優るとも劣らない筆力を、その中個展を開いて沢山の人に観て戴きたいなと思いました。

気の力

 一年振りに一人の友人と会いました。
私が3年程前、膝裏の靭帯を痛めて歩行困難になった事を良く知っている人なので、踵の高い靴を履いて普通に歩いているのを見て、驚いておりました。
ある程度の年齢になって膝を痛めると、殆ど治らないと申しますから、驚くのも無理はありません。
これは自分の治癒能力もさる事ながら、全て島津成晃のお陰、気の力を毎日足全体に当てて治療してくれた結果です。

 10年程前、空手の師範が腰を痛めて来訪なさった事がありました。
数十分で快癒して、しゃんと立ち上がって満面の喜色で帰られましたが、正直私も驚いたものです。
でも考えてみれば、20年前から癌の痛みを止めたり、曲がらなくなった腕を柔らかくしたりしてましたものね。
神仏がお与えになったものに、武道を長年やって来た経験も加わったものなのでしょうか。
何れにしても、人様の為になる才能なら、感謝あるのみです。
少しスロー・スロー・クィック・クィックと社交ダンスでもゆっくりやってみましょうかと、リハビリも兼ねてですが、考えたり致します。

 私の様に、自分で意識をしながら、つい痛めてしまった場合は勿論ですが、空気の悪い所や墓参り等で気分が悪くなったりした場合も、即座に楽にしてあげられるのは良いですね。

 数日前、飛行機で一時間以上かかる土地からお身内の発癌の御相談がありました。
身体状況の改善と、薬品が顕著に効く様、遠隔で祈っております。
私も夫を癌で亡くしてますので、一緒に真剣にご回復を祈っております。
人間は誰でも「気」を持っているのですから、訓練して自分を整えられたら良いですね。

お料理

 お料理の原点の様な食事を戴きました。
たまたま用があって、14・15両日帝国ホテルに参りましたが、時分刻とあって昼食をとる事になり、日本料理を食しました。
さすがに昼食とは云え、きちんと作った料理の数々に老舗の風格を感じて、やはり何事も手抜きをしては行けないと感銘を受けました。

 生きて暮らして行くと云う事を軽々しく考えてはいけませんね。
例えばプラスチックのお皿に乗っけたご飯等、食事じゃありません。
欠けた小鉢も早く処分するのか、焼きもに対しても使わせて戴いて有り難うの気持ちが通じます。
気持ちも折り目がつきます。

 何となく入ったこの料理屋で色々学びました。
もてなす側の仲居さん達の言葉遣いも、仕草も、気持ちの良いものでした。
自分の日常をきめ細かに、気持ち豊かに過ごしたいと思わせた二日でした。

プライドよりも大切なもの

 私は大抵楽天家で余り動じないのですが、自分の心の中の大切なプライドを傷つけられると、一生それは忘れません。
私が生きている上で守り通している部分であり、神から戴いた魂だからです。
曾て私のこの部分をきちんと解ってくれていた人は数人、その人達のお陰でいつも潔く、人を尊敬もし、無用を無用と切り捨ててくれたのです。
これは命なのです。
そこに土足で踏み込もうとした人、また自分の下司っぽい価値観のみで傷つけた人は、多分一生赦しません。
私が想いを言葉にすると現実になってしまう事が度々ありますので、口には絶対に出しませんが、忘れる事はどんなに健忘症になってもないと思っております。
私の周囲の者は、それでも甘い考え方ですから、私がグサッと傷ついた事も忘れかけているのかもしれません。

 大抵の面では皆様のイメージにある温かい、優しい、包み込む生き方が私自身なのですが、心の中の一点に付いては誰も許さないと、自分の意思だけではなく生きております。
どなたにも一つは守るものがある筈です。

認知症

 認知症と云う病名が誰の耳にも馴染んで来て、自分の物忘れさえこの言葉を冗談の様に使うようになって来た様です。
私の周辺には余り真の認知症は居られませんが、曾て実母を看病し、三年間苦闘して見送った友人は三日にあげず私に電話をよこしたものです。
例えば、トイレが水浸し、一時間前の食事を忘れて空腹を訴える、貯金通帳が盗まれたと騒ぎ、家族まで疑う等々、どう接したら良いのと愚痴を言われたものですが、御母様御他界から三年、もうそんな事があったかしらと云う涼しい顔で楽しそうです。
大変御苦労された様ですから、それはそれで良いのですが、友人として残念なのは、彼女が実母の介護から何も学ばなかったと思う事です。
あれほど多くの他人に愚痴をこぼし、十分間の電話の九分間はその話だった事を思えば、人への配慮はあったの?と逆に聞きたい程です。
後十年も経てば、御母上と同じになりそうで、屈託ない笑顔の中の確かな衰えを心配しています。

 DNAは絶対に消えませんね。
物忘れの酷くなって来た友人が本当の認知症になりません様に、祈るばかりです。

好みの話

 今コンサートで誰の歌が聴きたいですかと言われたら少々困りますね。
でも何人かあげるとしたら、布施明・五木ひろし・さだまさし位か、俳優では役所広司・柴田恭兵・西岡徳馬、村上弘明も入るかあもしれません。
歌手や役者はやはり声が良くないといけませんね。
私があげた人達は、必ずしもルックスが良いとは云えません。
第一条件の声が良いと云うのと、細やかな感性を持って表現しているのが伝わって来るのです。
それに加えて、どことなく皆男の色気をおられますが。
その個性はそれぞれ異なりますが、長い間その世界で第一線におられると云うのは、才能も人間性も優れているのでしょう。
当分の間、楽しませてくれると思っております。

子から親への思いやり

 成人するまで、子は親から溢れる様な愛を貰っている筈です。
その親の老いて行く姿を見て心配しながら、一面自分の生活もあり、疎ましいと云う思いがないとは云えません。
困惑している部分もありましょう。

 子が親を案じる為に大半の人が考えるのは、静かな優しい環境に身を置かせてあげたいと云う事でしょうか。
私は異う意見を持っております。
結婚をして子を産んで、育みながら家庭を作って行く事に懸命だった親達が、巣立って行く子を見て思うのは、次の「生き甲斐」なのではないでしょうか。
生活に支障のないのだけが幸せだとは思いません。
確かに生活出来るのが最重要ですが、それに安堵して何もやる事がないのでは、必ず呆気て参ります。

高血圧や神経痛等、身体状況には十分配慮してあげねばと思いますが、加えて何か「生き甲斐」になるものを一つだけ、若い人達が考えてあげたらどうでしょうか。
頭脳が止まらない様に、使う事を忘れない様、また寝込んだら本人も周りも辛いので、動かす事を導いてあげたら、もっと楽しい人生を子育ての後に送れるかと思います。
また、老人同士が固まらない事です。
刺激がなくていけません。

 もう高齢だから何もさせずに、何も言わずに、優しくする事を親孝行と思っている人が沢山おられますが、私は最大の親不孝だと思っております。
格子のない座敷牢みたいなもので、早くボケなさいと言っているに等しいものです。
若いこれからの方々は、深く考えて戴きたいと思います。
何十年か先の自分の姿ですものね。

 ただ、親も価値観を頑固に押し付ける人が多いですから、両方共の問題だと思います。
幾ら時代が変わっても、親子の情まで上辺だけの愛情になるのは淋しいものだと思います。
何が本当の愛かを静かに考える時が来たのかもしれません。

気力、体力

 最近、神仏に手を合わせる時に、毎朝私に体力と気力をお与え下さいと願います。
大抵の事は平気な私も今年の酷暑は流石にこたえましたので、体力の回復を願い、それに伴って気力の充実もお願いしてしまいます。
本当は神仏に頼ったりしたらいけませんのに、解っていながら自分の力が足りない分を補って頂きたいと考えてしまいます。

 今日は歌を習う日なので、朝早く家を出ました。
蒼空は漸く初秋の趣ですね。
暑さの感触が変わって来た様に感じます。
背筋に気をつけ、お腹を引き締めて姿勢を正しくすると、幾らでも声が出るのを教わって少しずつ実感してますが、若くはない世代が何十人も集まり、正確なアドバイスを受けて大声を出すのは何とも気持ちの良いものです。

 帰りは幾つか若返った様な気分で足早に歩けるのも効用の一つです。
この会も「ちぐさ会」と同じく、プライバシーには一切立ち入らず、楽しい話だけを話題に出来るグループでのびのび歌える有り難い会です。
愚痴等、何の足しにもなりません。
一つずつ確実に生きる事が一番大切だと思っております。

品格と云うもの

 昭和女子大の学長がお書きになった「女性の品格」の本は、昭和初期に生まれた者達にとっては当り前の教養だと思っていますが、これだけベストセラーになると云うのは当然の事を知らない世代が多い、そして品格を身につけたいと思っている人が多くいるのだと思います。
良い傾向ですね。
女性が美しく、品が良くなれば、男性も変わって来るかもしれません。

 日本人には日本人の特性があるのですから、忘れてならない事は代々伝えて行きたいものだと思います。
電車の中のマナー等は常識ですし、何かしら本当の芯の部分、基本を教えない親が多かったのかなと思う部分が沢山あります。
ところが、昨日電車内で感じの良い親子連れを見ました。
生後半年位の男児はニコニコとしていて、精神の安定した雰囲気の家族とお見受けしました。
これからまた、日本は良い家族を生み出して行くのかなと明るい思いを持たせる家族でした。
この節は、自分だけを主張するがさつな人を多く見たので、余計感じたのかもしれません。

吉祥寺まで行って来ました

 吉祥寺まで行って来ました。
あらゆる雑貨が多くあって驚く様な、東京の人なら誰でも知っているお店です。
井の頭公園に寄ってみようかと思いましたが、どうしてか池の畔が一寸気味悪くて止めました。
何組かの若者がギターを持って歌っておりましたのに、気候のせいもあるのでしょうか、中に入ってみる気がしませんでした。
雑貨ビルに入って1Fから8Fまで、何もかも揃っていて面白うございました。
ピンからキリではありませんが、直径1㎝のボタンも何百種類あって、良くぞ集めたものと企業努力に感嘆します。

 美しい和紙等を買い求め、歩き過ぎて足を引き摺りながら帰って来ました。
声に出して「シャンとしなきゃ笑われるよ!!」と呪文の様に唱えながら、人様がご覧になったら却って変な人と思われるかもと考えながら辿り着きました。
直後に突然の土砂降り、神は頑張りを誉みし給うたかしら!!

雑草

 雨が降り、止んで強い日光が当たれば雑草が伸びるのは当り前なのですが、余りの成長振りに驚きます。
見かねて草をむしりました。
少しも気がつきませんでしたが、長く伸びた草の蔭にほんの直径5mm位の黄色い花が沢山咲いているのを発見し、手が止まってしまいました。
誠に可憐な名も知らぬ花達は、手を繋ぐ様にびっしり咲いております。
どうしようと思ってましたら、これまた小さな藤色の蝶が飛んで来て、私の手許を邪魔するのです。
取らないでよと云う様に、待っても飛び回るので草むしりは止める事にしました。
図鑑を取り出して花の名を調べる程の根気はもうありませんが、ピンクや白や黄色の小花が沢山咲いており、何か楽しい思いをさせてくれました。

 それにしても、草の生命力にはいつも驚いてしまいます。
却って活力を貰っている様な気さえ致します。

政界騒々し

 別に政治が好きな訳でもなく、応援をする政治家が居る訳でもありませんから、この所メディアを騒がしている自民や民主の動きはドラマを観ている様で面白いと思います。
現総理の感覚は多分に女性的ですね。
却って今時の女性の方が根性が大きいと思います。

 いつ何が起きるか解らないのが政界だそうですが、駆け引きや足払いや計算、見て居りますと、どんな綺麗事の発言でも裏が見えて笑いますね。
知性も配慮もあって、民を護る太っ肚な指導者が欲しいものです。

 そろそろ、私達もパフォーマンスに踊らされぬ様に見究めなくてはと思います。
これは政治だけではなく日常の社会生活にも必要な心構えでしょうね。

血液型

 日本人に一番多い血液型はA型だと云います。
Bは社交型、Oはどっしりしていて、ABはちょっと変わり者だ等と簡単にざっと書くとそうなるのだそうですが。
私はAB型、亡夫も成晃も娘も皆AB型なのです。
こう云うのを一般的にどう云う家族と云うのでしょう?
尤も、そう云われれば一人々々変わり者かもしれません。
もう一つの特徴と云われる繊細さもある様ですが、皆綺麗な物が好き、汚いものは大嫌いだと思って居ります。
結局は人間の品格になるのかもしれません。
生まれつきの性格や感じ方はDNAが遺伝すると申しますが、先祖達もそうだったのかもしれませんね。

 しかし、血液型も4つに分けるだけでは正確じゃないそうですし、ざっとざっとの標準だと申します。
余りこだわらなくとも良い様ですね。

有り難いソーメン

 今年の暑さは格別でついついアイスクリームやかき氷を食べ過ぎてしまいました。
これだけ汗をかくのだから大した影響はないだろうと思っていましたが、人間の身体はデリケートなんですね。
冷たさで急に胃が収縮したかもしれません。
やはり些かこたえました。
二・三日、温かい飲み物で我慢しましょう。

 日本人の知恵は大したものです。
素麺なんて、日本人しか考えないでしょう。
あっさりしていて、そのくせ昆布や鰹節でしっかりだしを取ったお汁に、青ねぎや生姜等を入れ、栄養もちゃんと考えられています。
体調の悪い時も良い時も、抵抗なく頂けます。
今日も三輪そうめんを食しました。
こんなに細い麺を作る大変な仕事をなさる方達に感謝します。
日本人で良かった!!

昔と同じ味

 ピーナッツ、枝豆等、昔から良く頂いた豆類は、身体に良いと云われる以前から好きでした。
久し振りに枝豆を買ってみようと思い、スーパーで見ておりましたが、色々な種類があるのですね。
千葉、山形、山梨等、各地で採れた物の中から「だだ茶豆」と書かれた豆を買って来て、茹でてみました。
良い品に当ったのか、豆そのものの味が美味しく、昔の子供時代を思い出しました。

 食料品でも、日常の生活でも、私だけの感じかもしれませんが、何か原点に還ると云う様な、長い間忘れていた良い風習や作り方等が見直されている様に思います。
この「だだ茶豆」と云う凝った名前の枝豆も、色々手を加え、工夫された結果なのでしょうが、昔々家族と大テーブルで食べた枝豆の味だと思いました。
一寸嬉しい気分になりました。

ちょっとした思い

 気温の急激な変化や湿度は、自覚していなくともかなり影響が強いと実感しています。
今日は久方振りの晴れ模様で、新宿に出てみました。
一日で月曜日ですからあまり人での多くなくて歩き易い感じでしたが、突然体調のバランスが崩れて来て帰宅致しました。
ちょっと身体を動かさないでいると、血流が悪くなるのですね。
怠けずストレッチを続けねばと思います。
今日も暑うございました。

 この家は写真で見て明るく広いと思って越して来たのですが、護身法を学んでいるのを見ていると、狭くて気の毒だなと思う様になりました。
皆、真剣なので熱気が上がる為に余計かもしれません。
その内、もっと広く、もっと入り易い所を探す時が来そうに思いますが、いつの事でしょうか。
ただ一生懸命、生きるだけです。

やきもの

 若い頃は織部焼と云う焼物が、何か泥臭い感じで余り好きではありませんでした。
今から400年前頃、つまり桃山時代に古田織部と云う茶匠が美濃出身で織部焼(美濃焼)を愛用した事から、千利休と並ぶ茶道の大家が奨励した焼物としてその名が広まった物だと申します。
ただ、志野でも織部でも黄瀬戸でも、全て江戸時代以降の命名だそうです。

 最近、その織部焼を見ていますと、何となく自然に温かい気持ちになるのを感じる様になって来ました。
もう10年近くなりますが、魯山人が造ったと云う織部焼の大皿をある料亭で見ました。
畳半畳程もある肉厚の緑色の大皿は、驚く程深い色合いでした。
デフォルメした抹茶碗のイメージが強かった私には、一種のショックでした。
決して泥臭さだけではなくて、息づかいが伝わって来る様でした。
以来、デパートの展示品でも、立ち止まって眺める様になっております。

 簡単に機械で出来る物は便利ですから日常使いますが、「作者の手」を感じさせる物に惹かれて、永い人世の中では好みまで色々変化するものだと不思議に思っています。
プロフィール

彌叡

Author:彌叡
神の別魂を持つと言われて幾年。 神ながらの道を歩きつつ、思う事、感じる事を書いて行きます。
御相談はAdept・Mentor 島津相談室のHPの方からお願いします

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