新聞を読んで

 政界と云うのは国民の信を受けて税金を基に政治を行う人の集団の筈だと思いますが、全く昔から変わらぬ狐と狸の集まりですね。
今回の民主党離脱、新党結成のいきさつにしても、見ていて本当におかしいと思います。
言動は信念の裏返しでなければならないのに、気骨のある政治家はいなくなった様に思います。
媪の嘆きです。

 しょっちゅう大臣が変わる、内閣が変わり、登録順の様にポストが参って来る。
昔からそうだったにせよ、最近は名前を覚える時間もありません。
今の福田総理の父上はやはり首相になられた方ですが、当時田中角栄氏と云うブルドーザーの様な人がいて、事毎に目立つ方で結局先に首相になられました。
少し存じ上げていた方ですので、当時は乱暴なばかりの発言も珍しく、力強く聞こえたものですが、今になってみます恬淡とした福田氏の方が地道に政策に取り組んでおられた様に思います。
余り個性を感じなかったのは、やはり親子なんですね。
DNAは怖い、そっくりだと見ております。

 私達にしてみれば、平和に暮らし、希望を持てれば良いのですから、井の中のくだらない争いをくだらないと感じて働いて欲しいものです。
信じていますと、心から言いたいものですね。
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歌の教室で

 モーツァルトの音は横からバーンと出る、妥協がないと云うのを、今日聞きました。
シューベルトもマスネーもビゼーも、皆異うそうです。
音の入り方、質など、プロの話は本当に目から鱗です。
ただ美しい声で、楽譜通り歌うだけでは歌手とは云えないとその辺りは理解してますが、作曲者の持つ音まで考えた事はありませんでした。
その為の訓練を怠りなくしなければ、また作曲者の育った環境、作曲した時の状態に至るまでの知識がなければ、プロの歌い手にはなれないものと、今日は実感致しました。

 今日はマスネーの「悲歌ーエレジー」を歌いました。
どの歌の時でも、背筋を意識しないと声が出難いと教えて下さいます。
呼吸法にもなり、全く一石二鳥、三鳥です。

アラ、アラ

 電車の中で丹念に化粧をしている若い女性を見ていて、何だか佗しくなりました。
十分早く起きれば、化粧もして電車に乗れるでしょうに。
と云うよりも、女性の恥じらいとか美しさを知らないとしか思えない傍若無人ぶりに、それを教えなかった親の姿もだぶってしまったのです。
日本はお嬢さんなんて、何もしなくとも綺麗でピカピカしていると思っておりましたのに。
マスカラで固めた睫毛を見ているだけで、その人の全体が魅力がなくなってしまいます。
あくまでも、私の感じ方です。

 時代がそうなのでしょうか?
朝、親御さんに「おはようございます」を言わない人が多いと聞きますから、多分そこから全てなのでしょう。
又々ここで戦後の教育に思いが行ってしまいますが、その内いつか本当の処へ帰って行くかもしれないと望みを抱きながら、黙って見ておりましょう。
せめて自分だけでも、正しい日本語を使い、正しい礼を忘れない様、気をつけて行こうと、今日乗った20分間の電車内で思った事でした。

焦燥

 原因らしい事もなく、特に目立った心配もないのに、焦々したりするのは多分細かいストレスが溜ったりしているのだろうと思いますが、何かはっきりした理由のない感情の焦らつきは、解消するのが大層難しいものです。
どちらかと云えば人の言葉の裏にある「その人の心」と云うものが伝わって来る性質なので、言葉そのものへの反応と云うよりは、そう云う言葉や態度を表す人の心理状態や常識の方に心が苛つくのかもしれません。
何ヶ月も小さなさざ波が立っているとやはり積極的に解消せねばと思って参ります。

 こんな時、神棚に上がっているお塩は大変効果があります。
お塩はその度に色々な味があって、自分の不安定の原因によって味が違います。
成晃の手助けもあって漸く楽になって来ました。
三日間位、森の中で過ごしてみたいな等と考えました。
社会に生きている以上、誰にでもある事かもしれません。

准胝観音様

 醍醐寺の准胝観音堂が消失して大変驚きました。
不埒な放火ではなく、落雷に依るものだそうですが、あらゆる仏の母と云われる准胝観音堂の消失は天の怒りかと思ってしまいます。

 早速関西の方々から電話が参りました。
口々に「先生の所の准胝観音様がおいでになって安心しました。」と言われ、私どもが醍醐寺に登山して准胝堂で戴き、山の気をしっかりと戴いて来た准胝観音をお軸にしてかけて祈っている事を喜ばれました。
もう30年近く前の事です。
亡夫が還暦を迎えるに当って醍醐寺に登り、頂上にあるお堂におられた天海和尚に再び会いたいと親子で登ったのでした。
その途中にあったのが准胝観音堂なのです。
今回の火事で、様々な事を思い出しました。

 天海師は昔徳川家康に仕え、東照神君として崇められる様、表に裏に動いた天海和尚と名前は同じですが、全く人柄の異なる、全ての俗を脱した様な、それでいて心が鋼の様に強い方でした。
気さくな方で、いつも上下白の法衣を纏い、亡夫と親しく話をされていた事を、昨日の事の様に思い出しました。

 西に向かい、諸々の想いを込めて、手を合わせました。
改めて、私共の准胝様の前に座して仰ぎみますと、その温かさにホッと安堵致します。

学び

 今日は月例会、そして護身法の習得日です。
続々と集まって来られた若い人達が真剣に学ぶ眼差しは、毎月の事ながら非常に美しく思います。
自分を守り、人を守り、高く羽ばたく為の妥協のない作法は、根性を据えないと出来ません。
この場に集まる人は、本当に選ばれた人達だと思います。
安っぽいパフォーマンス等、見抜かれてしまいますから通用しません。
この人達を見ていると安心します。

 急激な気候の変化で土砂降りになったり、蒸し暑くなったり、体調の管理も中々気を使いますが、若い人達のエネルギーを戴くと生き返る想いが致します。
護身法の後のお茶や菓子を食べながらの勉強会は、毎月テーマがあるのですが、そこからはみ出して様々の話が出て来て心の引き出しにしっかりと詰め込まれる様です。
どうぞ、本当の素晴らしい大人になって下さい。
安心して見てます。

足許から

 電車の中で素敵な方に会いました。
50歳そこそこの女性で、私が一番目を惹かれたのはその靴でした。
この説珍しく革靴で、手入れの行き届いたえんじ色のその足許に見とれました。
この頃は、20代は当然、30代40代の御婦人も、スニーカーやウォーキングシューズが多く、エレガントとは程遠い足許です。
歩き易いと云うのもありましょうが、私は踵のある普通の革靴が好きです。
洋服に合わせてローヒールになったり、ハイヒールになったり、サンダルになったりしますが、履く前に必ず見て埃を払い、ブラシをかけて履くのが普通と思っていましたが、時代が変わるとそれも古いと言われそうですね。

 電車の中であったその方のえんじ色の靴は決して新しい物ではなく、良く手入れされて足に馴染んだ感じでしたので、余計目に入ったのです。
無作法ながらずっと上の方に目をやると、綿らしいブラウスもきちんとアイロンがかけてあって、久方振りに清涼と云う言葉を思い出しました。
行き届いた生活をしている人がいらっしゃるのですね。
料亭の番頭さんが客の靴を見るとその人の生き方が解ると言っていましたが、本当にそう感じました。
ちょっと良い日でした。

原料

 この頃、暑さのせいか毎日でも良いくらい冷奴が食べたく、買っております。
豆腐の種類が随分増えました。
木綿とか絹だけではなくて、ネーミングがクスクス笑いたくなる様なものもあり、一つずつ微妙に味が違います。
原料の大豆や水やにがり等、それぞれ異うのでしょうし、手間も並大抵ではないのでしょう。
沢山の刻み葱に生姜、生醤油の方が味を鮮明にする様な気がします。

 京都に「森嘉」と云う有名な豆腐屋さんがあります。
一流料亭が競って使うお豆腐ですが、一度そこで作り立ての湯葉を頂いた事がありました。
本当にコクがあって美味しゅうございました。
多分、丹波の大豆だとは思いますが、水も良いのでしょう。
思い出しても美味しかったなと思いますが、東京では買えません。
お料理の出来映えの批評に、原料の良し悪しが言われますが、料理のみならず全てに云える事だと考えます。
私は30年前の洋服を未だに外出用として着てますが、生地も仕立ても本物だったからと思っています。

角界

 相撲の世界に外国人を入れると云うのは、昔から「国技」として見て来た者にとっては大変異和感を感じていました。
今回の不祥事だけではなく、何度もニュースになったと思います。
中には「日本」と云う国を解ろうと努力していた相撲取りもいるでしょうが、やはり国民性が異う。
身体に流れている血が異うとしか言い様のない事件も相撲以外ですら頻発している気がします。
出来れば、日本人だけの相撲界であって欲しいと思います。
差別ではなく、日本の伝統を筋を立てて残して欲しいからです。
でも、折角入門しても、辛いばかりで楽しみも希望もない部屋では挫折するのが当然でしょう。
どんな集まりでも、楽しさがないと人は去って行きます。
今の親方連中の常識や良識改革が先かもしれません。
尤も、現在の若者達に「我慢」と云う字はないと云う説も良く解りますし、これは戦後60数年の「教育」がもたらした結果なのですから、漸く原点を見る時期に来たと云う事かもしれませんね。

我が身を守る

 少しサボると、弾力のない皮膚は遠慮なく伸びて、ウェストが苦しくなります。
自分なりの体操、昔学校で朝礼の時にやらされたラジオ体操は、丁度良い運動になります。
余りの暑さにクーラーの効いた部屋でも、出足を動かす事すら面倒でついつい一週間程サボってしまいました。
てきめん、その結果はハッキリ出てしまいます。
軽い頭痛が出て来たりして、これは神のお叱りかもしれないと思い、また始めました。
不思議です。
二日間、計30分程の運動なのに、ぐっすり眠れて血流が良くなっているのを実感しました。
身体が締って来るのには、中々時間もかかりましょうが、やはり継続して行う事で自分を維持して行くのだと思っています。

 もう一つ、健忘症(ボケ)にならずに済む様、始終活字に接し、人に接し、社会に接して行かなくてはと、これは切実な問題なので真剣です。
呆気も色々な形がありますのでね。
些か自制心が弱くなったのも一つの形かもしれません。
気をつけましょう。

サプリメント

 グルコサミン、コンドロイチン、ヒアルロン酸と今まで耳慣れなかった薬品名が次々とTVや広告で叫ばれています。
平均寿命がグンと延びたのも、弱い所をカバーする医学が進み、薬が出来て来たからでもありましょうが、少し考えると怖いと思います。
どんな薬にだって必ず副作用がありますから、無差別にサプリを飲んだりつけたりする事が、絶対に良くなるかと云ったら、それは異うと思います。
細かい字で書いてある注意書を見ますと、アレルギーの事とか内蔵への影響とか必ず書いてありますが、保険の但書と一緒で余り詳しく読まずに宣伝文句だけに乗ってしまいます。

 私は殆ど医家の薬しか飲みませんが、膝を痛めて一時藁にも縋る想いでサプリに頼りました。
でも半年も経つと、却って副作用が出て痺れが出たりして止めましたが、たまたま私の体質が反応が早かっただけで、誰にでも起る現象だと思いました。
別に製薬会社に異を唱えるわけではありません。
ただ、幾つになっても、人間自分を大切にして、賢く生きなくてはと思います。

将軍達の病気

 一応平和だった江戸時代、三百年の歴史は徳川十五代将軍の時代なのですが、この人達は大抵四十代・五十代で死去しております。
唯一初代家康だけは七十四歳で亡くなってますが、一体に皆当時の平均年齢すらも生きていないのですね。
癌、高血圧、肺炎等、今と変わらない死因が並んでますが、脚気に依る心不全と云うのが何人もいて、栄養状態を知るのに参考になります。
ビタミンBとかカルシウムとか、絶対的に足らない食生活だった様に思えて、興味があります。
今は栄養過多でメタボ等としきりに云われてますが、自身の健康はやはり自分の知識で調えなくてはいけないですね。
新潮社から出ている「徳川将軍家十五代のカルテ」と云う本を興味深く読みました。

何となく頑張り

 久方振りに身内を訪ねました。
私より5歳年上なので、時々気になって顔を見に参ります。
身体を痛めていないか、認知症になどなっていないか、ちゃんと食事がとれているのか等、顔を見て安心して帰って来ました。
そんな時は自分の年齢も血圧も脈拍も、全然忘れております。

 私が月一回顔を出している歴史を学ぶ会でも、皆良い年齢なのに一切愚痴を聞きません。
それが一番有り難いと思っております。
病気の数が多い事、薬の種類が多い事を自慢げに話す高齢者が多い中、そんな話題には触れようと模しない気概とプライドに、半分は千種会の意義も感じる様なものです。
脳を使い、神経を使う事は、結局自分の為にプラスであると思います。
とは云いながら、しかし今日久し振りに作ったハンバーグの出来はもう一つでした。
2~3日経ったら、また手抜きをせずにしっかり作ってみましょう。
自分に甘えずに、年齢から来る衰え等と絶対に思わずに、美味しい物を作るのは昔から割と好きでしたから、思い出して挑戦です。

御盆御先祖供養

 御盆の御供養は、いつも全身が痛む程、色々な想いが溢れます。
8月15日は忘れもしない敗戦記念日、流れる理趣経の中でただ祈るだけですが、一緒に座して経を唱える若い人達の真剣さは、今の時代に生きていられる幸せをしみじみ感じさせてくれます。
巨大なアメリカのB-29に体当たりをして行った小さな日本の飛行機が今も脳裏に焼き付いております。
もう二度とあんな思いはしたくない、そしてさせたくないと強く強く思います。

 勝つ事と負ける事では天と地の違いがあります。
自分に自信のない人や、希望が見つからない人が弱音を吐く気持ちも解らないではありませんけれど、人世負けてはいけません。
社会でも国でも個人でも、負けそう等とは絶対に考えてはいけないのですよ。
戦後63年、負けたばかりに辛い思いも沢山しました。
でも日本は、ちゃんと立ち上がりましたよね。
皆、義務教育を受け、皆文字が読めますよね。
こんなにしっかりした日本を誇りに思います。
お守り下さっている御先祖のお陰、そのDNAを受け継いだ自分達の努力が生きていると、今年も思いました。

食事

 暑いのでもう一つ食欲が出ません。
と云って食べないと尚更体力が消耗するのが解っているので、戴いた美味しい素麺を茹でる事にしました。
奈良に三輪大社と云う大きな神社があります。
その近辺で作られている素麺は、こくがあってとても美味しいのです。
冷たい湧き水を流してくれる名物流し素麺は、思い出しても心身を涼しくしてくれたものです。
家で流し素麺はちょっと無理ですが、冷たくした素麺と、昆布や鰹節をふんだんに使ったおだしと、沢山の刻み葱があれば本当に満足です。
自分で手抜きをしないで作ったものは、人の評価は兎も角、自分の胃も心も豊かな思いで頂けます。

 ランチョンマットも四季毎に変えたいのですが、現在は撥水のマットだけ。
それでもテーブルクロスの上にランチョンマットを敷くと、ちょっと良い雰囲気になります。
それにしても今年は暑い!!
本日の素麺は正解でした。
明日も頑張りましょう。

陰で働いた人

 TVの時代劇は年々少なくなっていると申しますが、娯楽としては勧善懲悪の物語は中々楽しいものです。
時代物の武家社会の話に良く出て来る「忍び」「隠密」の人達は、才能と訓練と並大抵ではない努力の末、役に立ちながら、自分の命はあってなきが如き運命に、どうしてそんな人生を送らねばならないのかと哀れを伴う事もあります。
深井雅海著の「江戸城御庭番」と云う本がありますが、御庭番即ち隠密として命令があれば姿を変えて各地の情報収集に走る人達に依って、特に江戸時代将軍の為に働いた人達の事が詳しく書かれております。
この本は題名通り江戸時代、つまり徳川時代の御庭番を書いたものですが、江戸時代以前にもその役目のものはいて、武士の為に働いています。
社会の裏で働き、重要な支えになっていたこんな人達を現代に求めるのは不可能だと思いますが、大会社を動かしているのが社長ではなく、支える人達である事を思えば、今の世の中も掘ってみれば色々面白い事が出て来るかもしれませんね。

日本の言葉

 日本語は本当に微妙で難しい。
尊敬語、謙譲語、その他色々ありますが、でも言葉の意味と自分周辺の上下関係を考えたら、自然に出て来るべきものだとも思います。
「する」「なさる」「いただく」「申し上げる」等、ちょっとした言い間違いが人の反感や軽蔑を買ってしまう事もありますから、よく常識を持つ事が大切だと思います。

 人に自分の身内の話を話する時、よく「うちのお父さんが」とか「おかあさんが」等と言う人もおりますが、現代は違和感も持たれないのでしょうか?
自分の身内の事を話す時は、一切敬語や敬称はなしです。
と同時に、人様に手紙を出す時の心得として、姓の異う家に同居なさっている場合には、必ず○○様方と書かねばなりません。
たとえお相手が自分の家より低い立場の場合でもです。
でも、こう云う心得は、日本人の誇りですね。

伝統

 アジアの人は顔立ちが本当に似ています。
よく見ると肌の色や目、口のあたりにやはり他国の人だと分かるのですが、どの国の人もTシャツやジーパン、御婦人はワンピースやブラウスなど世界共通の装いですから、口を開かないと殆ど変わりません。

 銀座の鳩居堂で買い物をしておりましたら、絵葉書や便箋、巻物、団扇等を一抱えレジに持って来た方がおいでになって、ニコニコと支払いを済ませ「シェ、シェ」と仰ったので、初めて中国の方と分かりました。
そもそも書は遥か昔、中国から僧が持ち帰り、日本で栄えて来ましたが、元祖の中国では中々道具も紙も簡単には買えない様でした。
鳩居堂のスカイブルーの大きな袋を二つも抱えて満足した顔で帰られる姿を見ていましたが、やはり伝統は継続する事が大切だと思いますし、外国に来てああ云う買い物をなさるその方の住環境など、ふと思った事でした。

千種会

 毎月第二日曜は千種会の月例会です。
長い付き合いですが、皆年を取って来ました。
最高齢者は90歳、最小年齢者は26歳、老いた者は若人のエネルギーを吸収し、若者は年配者の知恵を吸収します。

 今月は終戦月と云う事もあり、63年前のあの日の話が例年の如く出ました。
何十年経っても、忘れられない辛い思い出です。
でも敗れなかったら、軍人はもっとエスカレートしたであろうと云う説もあり、あながち反対も出来ません。
皆、青春をお国の為と云う一言で灰色にされた人達です。

 平和は良いですね。
この平和がずっとずっと続きますように。
それには、正しい事をきちんと伝えて行かねばなりませんね。
経験したまま、見たままを、折に触れて子孫に話して行こう。
これが結論でした。

オリンピック・イン・中国

 中国で行われているオリンピックの開催セレモニーをTVで見ました。
中国らしい、誠に華やかな、龍の舞も鮮やかなお祭りでした。
国民性と云うのはこう云う形の時にハッキリ出るものだと感じます。

 点火のパフォーマンスは、4年毎の各国で行われた色々な特徴も見せてくれましたが、ドラマチックでまた選手達の素晴らしい体力を見せてくれ、今回もその演出に驚きました。
今回の演出家、プロデューサーがどんな人達なのか、興味を持ちました。
世の中には様々な才能を持った人達が沢山いらっしゃるのですね。
選手だけではなく、裏方の人達の発想や努力に感動致します。

お釈迦様の日

 今日8日はお釈迦様の日。
真言を唱えて遺徳を偲び、彼岸に渡った御先祖への御慈愛を祈り上げる日です。
「五十年祈願」をされている方々の通信機である各家御位牌を中央に並べ、今もこの先も一家御繁栄の為に心を込めて献経を致します。
不思議にというのもおかしいですが、この方達の家は大難に遭っても最小の影響しかありません。
祈りとは、また念とは誠に驚異です。
発展して戴きたいと思います。

 今日も30度は簡単に越す酷暑です。
いつの頃からこんなに異常な気象になったのでしょう。
地球がどうなっているのか、これからどうなって行くのか不安に思います。

 昼頃、少し大きい地震がありました。
震度3位の地震が何度も来ている間は大地震は来ないと云われておりますが、古い木造の家に住んでいると、倍位の強さに感じられます。
思わず、神様仏様お守り下さいと手を合わせてしまいます。
どこからか、日頃の精進が肝心と聞こえて来そうです。

人づきあい

 毎月二回、歌の勉強に通っていて、30名位の方に会っているのに名前を知りません。
私があまり人と関わるのに積極的ではないので、敢えて名乗ろうともしませんから、楽しく歌って2時間、良い気分で誰とも話をしないで過ごせたらこんなに楽な事はありません。

 ところが今日、出先でバッタリその中の御一人と会ってしまいました。
おおらかな良い方でした。
家もそう遠くはないみたいですが、やはり私は新しい友人を作る気にはなれません。
色々、楽しい事も嬉しい事も出会えるかもしれませんが、それ以上に煩わしいのが嫌ですから、付かず離れず、距離をとった付き合いを平等に続けて行きたいと思っております。
人嫌いではないのですけど、私が現世で生きている意味の中にあるのかもしれません。

茶道の新しい発見

 天と地、全てに陰陽があり、茶道の始祖利休が詠んだ歌に

「ともしびに陰と陽との二つあり、あかつき陰によひは陽なり」

がある様に、茶の道、茶の道具にも陰陽五行の影響が歴然と残っていると云われます。
形式的な茶道界から離れて、もう数十年経ちますが、ふと思い立って昔の本を開いてみました。
五行棚とか、初座の陰後座の陽等を拾い読みしていて、もう一度学んでみようかなと思っております。
私が学びたいのは、実際の作法より歴史の方ですから、これは自習です。
一つ楽しみが出て来ました。

時代

 NHKTVで没後一年の阿久悠氏を偲ぶ歌番組を見ました。
御生前のビデオが流され、強面の氏が詩の心を話するその深さに心を打たれました。
時代を思い出させる詩を作る、一つの目標だったと申します。
自分も一日一日一生懸命生きて来たつもりですけれど、振り返ってその時代を誇れるかと言われたら、恥ずかしい事も多く、その時なりの知恵だったと思っても悔やむ事が沢山あります。
もう一度生まれ変われたら、足りなかった処を補えるかもしれません。
でも私には後世もなく前世もなく、現世で出来る事だけ必死に生きて行わねばなりませんね。
人の心に少しでも光りや優しさが与えられたら、些かでもお役目が成るのでしょうか。

 小林旭の「熱き心に」五木ひろしの「契り」を口ずさみながら、何となくじっと座っていてはいけない様な気がしましたが、目の前にある「だだ茶豆」も美味しそうで、まず手が伸びます。

漫画家の死

 漫画家の赤塚不二夫氏が6年間の眠りから覚めずに逝かれたとの事。
私の記憶では常にお酒を飲んでいた人、「シェーッ」の流行語を作った人と云う程度だったが、追悼番組を見ていてその人間性に敬意を感じました。
長い間、得意な分野で人気があったと云う事は、少々の才能ではないでしょう。
仲間や有能な人間達が彼を慕って集団を作っていたと云うのも初めて明かされて、人の表面のみで判断してはいけないと兼々言っているのにと思いました。

 偶然ながら、私の弟は漫画家でしたが、何十年か前の8月3日に亡くなりました。
今想えば四コマ漫画に才能があると云われた弟が、今生きていれば赤塚氏と年も近く、もしかしたら彼岸で一緒に酒を酌み交わすかも等と思わせる飄々とした優しさとシャイな性格の奴でした。
時勢をキャッチ出来ないと、漫画は描けないものですね。

 御盆近く、改めて冥福を祈って手を合わせました。

終戦の日

 例年の事ながら、八月になると千種会の中で第二次多世界大戦の話が出て来ます。
少年航空隊だったり、特攻隊員だったり、自分の身内をアメリカ軍の空襲で亡くした人達が多くいらっしゃるので、自然にその頃の話が出て来ます。
その話をしたい人と、辛かった時代を振り返るのは厭だと拒否する人と二通りあって、どちらも身を挺した人達同士、しこりは残りませんが一時ピリピリした雰囲気になります。
皆、知的な方ばかりですから争いにはなりません。
あんな想いは二度としたくないし、子供や孫には絶対させないと、最後はそこにまとまります。
伝えて行かねばと言いながら、やはり辛かった事は忘れたい、皆そう思っております。

 靖国に行けば友人と会える、そう思っている人も沢山います。
「靖国で会おう」と約束した友人と会う術は、それしかないのだと思います。
その話を聞くと、私はいつも泣いてしまいます。

内閣改造

 今回も内閣の顔って何だろうと思いました。
国民は平穏に暮らせる社会の組織を作って戴けたらそれで良いので、その為にリーダーシップを求めているだけだと私は思います。
目立とう目立とうとする人は、大抵の場合、上げ底だったりお調子者のフィーリングだったり致します。
国民の多数の信を得て議員になった人達にそんな上っ調子な人はいないでしょうが、アメリカやロシアの様に目立った反面、泣いた人も多数いる、不幸になった人も沢山出て来た、そんな政策より、地味でも一つ一つ確実に仕事をして戴く方が、どれだけ安心か解りません。
人気は常に浮気ものです。
カリスマ性等なくなって、国民に信頼は得られると思って、暫く見ていたいと思います。

過剰

 駅に行くまでの5~6分の間に、5軒もの整体・鍼灸・マッサージの施術院があります。
ほねつぎや足裏マッサージまであって、営業が成り立っているのかしら?と余計な心配が湧いて来ます。
私は人に身体を触られるのが嫌いなので、エステも行った事がないのですが、一度だけ余り首筋が痛くてマッサージをして貰った事があって、随分楽になった覚えがありますので、辛い時は皆そう云う診療所に通うのだろうと納得してます。

 それにしても、今幾ら高齢者が多いとは云え、中々商売としても大変じゃないでしょうか?
それと同じ様に、この辺りは歯科医院の多い事。
当然、患者の多い所と少ない所があって、全く生きるって大変だと感じます。

 私が時々伺う内科医も、悲観的に借金が返せなくなる等と泣き言を仰いますが、ふと私が考えたのは、自分の特徴を打ち出す事、患者の身になる事が結局最後は笑いが訪れる様に思います。
曾て自己満足だけの整形外科医にかかって、その無作法に愛想がつきた私の意見です。
大変失礼なのですが。

声明

 声明の斉唱をじっと聞いていると、毎月の事ながら心が静まって自分が清まって行く感じが致します。
若い人達が護身法を習い、声明を学ぶ、その裏には一筋の芯が通らない現代の社会の中で、真物に接しようと云う心がある様に思います。
学びにお出でになる方達は、何れも怜悧な頭脳の持ち主であり、加えて温かい想いの持ち主達です。
今時と言っては何ですが、こんな人達がいると云うのは驚きであり、また非常に嬉しい出会いです。

 私は昔から「能」が好き、そして「地唄舞」が好きなのですが、静かで確かな声明の響きは、今何より心を捉えられております。
十数年前、京都智積院の金堂で、百人程の僧侶が声明を唱えている場にたまたま出会った事がありました。
あの時の衝撃を思い起こしております。
それと共に思い出したのは、亡くなった地唄舞の武原はんさんの凛とした舞です。
長身の美しい方で、中腰のままの舞は惹かれた眼を、逸らす時間も勿体ない程、気品のあるものでした。
プロフィール

彌叡

Author:彌叡
神の別魂を持つと言われて幾年。 神ながらの道を歩きつつ、思う事、感じる事を書いて行きます。
御相談はAdept・Mentor 島津相談室のHPの方からお願いします

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