ドラッグストア

 歯磨きを買いに行く位しか薬局とは余り御縁もないのですが、最近は薬局と云う文字が似合わなくなる程、色々な品を置いているのですね。
洗剤、化粧品は勿論の事、そこ一ヶ所で食品や洋服以外は何でも揃いそうです。
サプリメントの列を見ていると、怖い位です。
余り身体や薬品の知識がない者がビタミンどころか筋肉につける薬、痩せ薬、肝臓や腎臓、心臓の薬まで、手で取れる場所にあると云うのは、副作用も含めて恐ろしいと思います。
尤も、その程度の効き方だから大丈夫と云うものしか含有量も含めた安心感のある品だけを置いているのでしょうか。
ひねくれた云い方をすれば、その程度のものに何千円の値がついているのは、製薬会社が大きくなる筈だと思いますし、その程度の薬で健康を保てるものなのか、勿体ないなと考えてしまいます。
尤も、広いドラッグストアは清潔で、化粧品の数も多くて、ゆったり選べ、面白い場所です。
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今年の風潮

 よく雨が降ります。
暑い暑いとクーラーをつけていて、一日終ったら気温が20度もない涼しさ。
誰かが地球の外から操作をしているみたい。
今年は非常に変動が烈しいと年頭から思っておりましたが、その通りの様です。
今年は神の意思がハッキリ動いていると感じます。
駄目になりそうなものは凄いスピードで落ちて行ってますし、今までの成果が突然の様に現れている人もおります。
人智の及ばぬ力があるとすれば、人間は唯々一生懸命生きて行かなくてはなりませんね。
必ず、天地人の知る処となって、評価されると思います。

伝統の鍋

 伝統工芸品の制作と販売を観に行きました。
この頃はあちこちのデパートでもこの類いの展覧会をやってくれるので、折りに触れて見に行きます。

 槌打ちのお鍋を作る職人さんの業を見ていて、驚きました。
カチンカチンと打ちながら、図案もなく見事に槌目の揃ったお鍋が出来上る過程を小一時間眺めていました。
柄も丁寧に釘で留めて、使い勝手の良さそうな丈夫なものが出来上がり、つい買ってしまいました。

 この頃は輸入品の良い物が沢山ありますが、職人のきめ細かい技術を目の当りにして、なるほど伝統とはこうして残されるのだと、改めて感じ入りました。
この手の鍋は、最初野菜を煮ると良い味が出るそうです。

日本

 今評判の「ジェロ」の歌を聞きました。
外人の歌い方ではない、日本の心が伝わって来て驚きました。
アナウンサーのインタビューに答えている日本語も正しくて、日本人だと云うお祖母様が孫や子に伝えている生き方が見えました。
きっと日本を大切に思い、きちんとした言葉で話をなさっているのでしょう。
日本に住んでいる日本人の方が日本の歴史も知らず、正しい敬語も使えず、日本をも尊敬していないー寂しいと思います。

 過去の諸々も忘れるべきではありませんが、もっと足許を見て、前を向いたらどうでしょうか?
日出ずる国日本に居られる事を、私は非常に幸せに思っております。

千種会のこと

 千種会(歴史を学ぶ会)を創始なさった浄土宗三田魚籃寺の御住職山田師が100歳で遷化されて10年になります。
戴いた著書を拝見しても、造指の深さ、半端ではない知識に今更ながら敬服し、その傍らで素人が自由に「江戸」を研究し、発表やディスカッションの場を作って下さった事に感謝あるのみです。

 もう482回になった月例会ー40年以上経ちました。
余り若くない人達の集りですが、若い時からこんな会に入会していたら、一味違う人間になるだろうと思っております。
人間の出会いは全て御縁、出会う人達に依って自分も育てられます。

 江戸の風俗、武家社会、人情など読みながら、これも立派に呆気(ボケ)防止になっていると確信しております。
お三時に戴くお菓子とお茶も、とても楽しいものです。
甘味もボケを止める部分があるのですね。

ある思い

 親はいつまでも子だと思い、子は成人しても自分の言葉でものは言えない、よく見る最近の象徴的な現象に驚いております。

 武士は元服したら前髪を落とし、大人の振舞いを真剣に学んだと聞いております。
明治生まれの私の父は、武士だった祖父や祖父母からその話をよく教えられ、厳しさに思わず明治で良かったと口走ってたしなめられたと申しておりました。
切腹等と云う作法をきちんと教えられる、まだ今で云う高校生が白衣で正座をして学ばねばならないと云うのは、想像も出来ない程の緊張と恐怖とに襲われただろうと思います。

 どの様な行為が人に迷惑をかけると云う事なのかも解らず、挨拶もきちんと出来ない子が多い現実を見ていると、この子達の親は社会の中でどの様に節目を生きて来たのだろうと思います。
つい、上下関係とか、節目とか口に出してしまい勝ちな自分をたしなめながら、それでもその心得があったら自分も迷う事が少なくなるのにと思ってしまいます。
今の中年の方達は、御自分の御両親や祖父母の考え方、言葉を受け止めて、御自分の子へ自信を持って話せたら、次の世代が楽しみになりますね。
もっとも、古い物に妙にこだわるお年寄りでは困りますけど。

ケイタイ

 私は携帯電話を持ちません。
最近公衆電話がめっきり減って、ケイタイを買おうかと思った時もあったのですが、やめました。
電車で腰をかけて目を上げると、向い側も両隣もいっせいにケイタイを広げ、メールを読んだり打ったりしています。
何か不気味な光景で、ここはどこの国かと感じてしまいます。
ロボット帝国の1コマの様で、老いも若きも一点集中して必死にケイタイを覗いている風景は人間の匂いがしません。
確かに便利ですし、様々の機能がついて、天気予報から地理まであらゆる情報が即座に解る様です。
だから、私は愚鈍に公衆電話を探し、素朴な生活をしたいと思うのです。

好きなもの

 お香もお抹茶もそれぞれ好みがあって、つい同じ物を買ってしまいます。
京都松栄堂の「天平」と云う沈香は、私が最も落ち着くお香です。
お抹茶は「蓬来の昔」の味が一番美味しいと思ってます。
多分、もっと高価なものがあるのでそうが、身体に合うものが決まる迄、無難な一般的なものを使用していて、5年前どちらも見つけた時は、「あ、これだ」と思ったのを覚えております。
何となくイライラしたりする時、抹茶を点て、天平を焚いて暫く座っていると、身体の細胞が弛んで来るのが解ります。
一人ずつ、みんな好みは異うと思いますが、きっと私の身心の癒しとなっているのだろうと思っております。

自分の為に

 ・心を研ぎ澄まし、人間が誰でも持つ感(勘)を鋭くする事

 ・「護身法」で我が身を守り、それが本物になって来たら、広げて
  自分のエリアを守り、住家に結界を張って守る事。外からの難を防ぐ

 ・常に知識欲を強く持ち、好奇心を持ち、自分の身体に蓄えて行く事
  心の引き出しを一つずついっぱいにする

 ・視野を広げ、価値観を変え、自分の頭脳に深さを与える事

 ・武道で心身を鍛え、礼儀・人とのコミュニケーション・上下関係を覚
  え、敏速な動きを身に付ける事
  汗は愚行を流す

 ・他の人への配慮、見せかけではない本物の優しさ、温かさを身に
  染み込ませる事

 ・継続こそが力となる

 ・美しい事は素晴しい
  心も身体も身だしなみもです

 沢山の人が学んでレベルアップして欲しいと思います。
「本物」の人達が増えます様に。

はやり

 電車の中で前に座った若い人達の爪を見て驚きました。
流行なのでしょう。
マニキュアの上に色々のビーズや飾りをつけ、キラキラ光って綺麗ですが、この爪では物を持てないだろうなと思いました。
でも、常におしゃれの流行に遅れたくないのは、若者としては当然なのですね。
妊婦服の様な中途半端なブラウスの下にジーパンをはいたり。
いつの間にか沢山の人が同じファッションなのに驚きます。
孫娘に洋服をプレゼントしてあげようと思っても、どんなのが良いのか見当もつきません。
一年々々流行は変りますが、安い物を次々追って買うのが良いのか、良い物ーある程度高価な服を長く何年も大切に着るのが良いのか、一概には決められません。
どちらにも一理あるからです。

 昔、ムランソワ・ビヨンの靴が流行りました。
靴に足を合せる様な美しいエレガントな靴でしたが、その時10万円で買ったビヨンの靴は、3回はいただけで新品のまま箱に入ってます。
当然、もう足には合いません。
でも、常に美しいものに心を惹かれますから、悔んではいません。

散歩

 季節が良くなって来ましたので、太り気味の私は発心して1日1回、小一時間の散歩をする事にしました。
まず氏神様に参拝しようと片道30分弱の神明社に参りましたが、恐れ多い事ながら私の心に響く社ではありませんでした。
神社とは格の低い土地を潔め、魔を収める為の神の社と云われますが、毎日真剣に祀らねばその力は段々衰えると云われます。
私の様な体質は敏感にそれを感じてしまいますので、御挨拶のみにて散歩のコースを変えました。

 線路沿いに一駅歩きますと、目標の時間位の運動になります。
少々汗をかく程度ですが、三日続けましたら何か足腰が軽くなって来た様に思います。
5㎏位減量したら膝への負担も少なくなりますし、庭の雑草も息切れせずにやれそうに思います。
やはり自分の事は自分で守る算段をせねばなりませんね。

 若い頃はキラキラした宝石が好きで、ダイヤ・エメラルド・ルビー・サファイヤ・キャッツアイ等に目を奪われたものでしたが、段々宝石は単なるアクセサリーに過ぎないと思い出して、嘘の様に興味がなくなりました。
今思えば詰まらない無駄づかいをしたものと思いますが、それも勉強の一つだったと思えば、私の知識の抽き出しに入ったのでしょう。
抽き出しは多い程、人間性が豊かになりますから。

 数十年前、備前焼の窯元藤原啓さんのお宅を岡山迄訪ねた事がありました。
人間国宝のお宅は広い芝生の庭に囲まれて、土の中から湧く勢いに打たれた思い出があります。
備前焼は茶色の、お世辞にも綺麗とは云えない様な焼物ですが、広い緑の庭に1m四方以上もある備前の皿を置き、真赤な西瓜を載せて御馳走して下さいました。
その美しさは、高価な宝石よりもずっと美しく、今でも私の脳裏に焼き付いています。

 本物の美は、素直な心で見ると、きっと身近にあると思います。
私が夫に贈られた婚約指輪は、今息子の妻の指に光ります。
でも、面白い事に、彼女も私に似た処がある様で、宝石箱の中で眠っているみたい。

日本人

 TVで観る時代劇は常に「勧善懲悪」、必ず悪役は最後に斬られて死にます。
その単純なストーリーが面倒でなくて、つい観てしまいます。
元々日本人は熱し易く醒め易い気質を持ってますから、変らぬこう云う時代劇は続くのかもしれません。

 然し、熱し易く醒め易い気質は、良い場合と反する場合があります。
2年前、自分の会社を立ち上げた若い青年がいました。
仏心が厚く、また心身の鍛錬の為、武道にも熱心に通い、仕事も前向きでしたが、その熱意は僅か2年で泡の如く消えました。
見ていて気付いた事は、熱し易く醒め易い、その通りの気質でした。
そこに責任感や、他への感謝、そして物事を深く視る心があれば、異なる展開があったと思いますが、惜しいと思います。
また独りで一からやり直さねばならないでしょう。
しぶとい根性も人間の特質の一つです。
社会は甘くありません。
早く冷静な判断で立ち直って欲しいと思っております。

教育って

 会社名を付けたり、ロゴを考えたりする時にその道のコピーライターやデザイナー等の力を借りる事がよくあると思います。
しかし、それが即ち販売力に繋がる様なインパクトのある、シャレた名がついている場合は中々ありません。

 政治の世界でも、最近云われている「後期高齢者」の名前くらい下卑た名はありません。
そのセンスの悪さ、配慮のなさには呆れるばかりです。
戦後育ちの視野の狭さ、思慮の貧しい政治家の発想なのでしょうか?
情けないと思います。

 兼々考えている事ですが、日本に合う教育、日本人が本来持っている感性を、外国の真似などせず、広く深い教育に戻って欲しいと考えます。
この四~五十年の教育で育った方達を見ていて、様々に思う事が多くあります。

筋肉の動き

 長い間使わなかった筋力を動かすと、こんなに固くなっていたのかと驚きます。
最近、朝軽い体操をしていますが、それだけでも脇の下辺り、膝の裏辺りに違和感を覚えます。

 昨日はいつもの歌を教わる会で新宿に行きました。
年期の入ったプロのクラシック歌手が教えて下さるのですから、歌うより先に、呼吸・筋肉の使い方・発声からの学習です。
腹筋も大切だけれど、背筋の方がもっと大切と、細かい指示です。

音楽好きの私は、ただ懐しい歌を唄いたいと云う想いで入会したのですが、はからずも全身体操も加わりました。
誠に有り難い事です。
自分で発心しても中々続きませんから、理論的な説明を受けながら、それも好きな音楽の中での運動は、楽しさもひとしほです。
良い教師に出会ったものと思って居ります。

猫性

 この辺りは猫が多くで驚く程です。
向い側にあった、通称「猫屋敷」と呼ばれていた古い家が、昨年焼失してから少し減った様ですが、野良猫は自分のテリトリーを作るのですね。
庭に来てミャーと言い出したら、慌てて出て行ってはらいます。
そうしないと、自分の居場所を定めてしまいますので。
それこそ、猫の額の様な庭に居座られても困ってしまいますし、すぐに仲間が増えそうですから。
猫嫌いと云う訳でもありませんが、野良猫は困ります。

 猫は気位が高いと云われますが、我が儘、気ままと云った方が当っている様に思います。
犬の様に飼い主を守ったとか云う話も聞いた事がありませんし、自分が甘えたい時だけ人にすり寄る様な習性がある様に、私は感じています。

 見渡すと、人間社会にもそう云う種類の人が随分増えた様に思える時がこの頃多い様に見ていますが、人間には本物の気位が欲しいですよね。

母の日

 千種会の月例会は毎月第2日曜、中央区京橋のビルで行われます。
私はいつも銀座4丁目で降りて、三越で「お3時のおやつ」を人数分買い、歩いて15分位の会場に銀ブラをしながら参ります。
昨日は母の日とあって、街中カーネーションが溢れてましたが、一日だけそんな日を定める必要があるのかな?普段親子の交流はそれ程稀薄なのかな?等と、その裏の商魂は良く解りながら感じていました。

 会が終って一階に降りて来ると、K君の女房殿がにこやかに立っていて、「お母様」と私に花束を渡してくれました。
「母の日、おめでとう」って。
ピンクや赤や白の美しい花を一輪ずつ心を込めて束ねてくれた心遣いが良く解り、幸せな思いが胸に広がりました。

 そう云えば、K君の結婚一周年の日、それを祝って真赤なバラを一輪綺麗に包んでK君に渡したT君がいました。
そのデリケートな心遣いを、本人以上に私は嬉しゅうございました。
こんな時は理屈抜きです。

今日の銀座

 銀座は雨模様なのに、大変な人でした。
中でも驚いたのは、外国人観光客です。
アジア系の方達のお買い物は、気持ちが良い程「それを何個」「そのブラウス3枚」とか決断が速く、瞬く間に大荷物と云う感じでした。
ニュース等で知る、今中国辺りは登り坂なのだと思わせる風景でした。
皆、ニコニコして豊かな表情で、幸せそうでした。

 私は銀座が一番好きです。
一の店毎に個性があって、観て歩くだけで楽しくなります。
良いセンスのウィンドウを眺めるだけで、日常を忘れます。
どのお店も真剣勝負ですね。
ただ、外国の有名ブランドのビルが急激に増えた様で、日本の老舗は何処に消えたのかと淋しくなります。
きっと生き残ってまた甦ると、老舗の根性を信じてますが。

老人の病

 何の苦労もなく、平和に、余り頭を使って考えなくとも生活出来た人達に老人の認知症が多いと聞きました。
でも、一生懸命生きて来た方が突然痴呆症になったりもしている様です。
何が原因なのかハッキリ解りません。
幼い頃の栄養も一因と云われますがこれも確実ではありません。

 年を重ねると、どうしても記憶が曖昧になったり、物忘れが酷くなります。
私の場合、まだ今のところは、忘れても数分間思い出す事に集中すると、ああそうだったかと安心しますから、あまり重症ではないなと思いますが、出来るだけ色々読んだり、考えたり、動いたりする努力はしなければと思って居ります。

 それにしても、ボケ老人は昔も居たと思いますが、アルツハイマーとかパーキンソン氏病とか、認知症とか徘徊とか、一般人がやたらに詳しくなって来ましたね。
医学の進歩なのか、メディアの競争なのか、知りたい反面、不要な不安も出て来る様に思います。

仕事

 医者の仕事は本当に3Kの中に入る仕事だと思って居ります。
医院を営んでいた頃は余り実感がなく、ただ御病気の方の為にと働いておりましたが、今考えると、様々の菌が集る場所で、朝9時から夜の9時まで、加えて夜中の急患もあり、往診もあり、お悪い方は皆暗く、前向きな発言は一つもありません。

 医者になるのは、本当に医業が好きな人、研究熱心な絶対に完治させると云う意識の強い人、身体の丈夫な人でポジティブな人だけが就く仕事だと思います。
医学部に入学した成晃は、専門職を全うせず、現在は総合全体医療センターとでも云うべき仕事を天職として行っておりますが、私は今、満足しております。
身体も心も健全に、幸せにしてあげたいと云う真意が良く解るからです。
適職に就けた成晃は、大変ですが幸せな事だと思って居ります。

浮いている人

 目立つ事が必ずしも良い事ではないと思っています。
改めて云うのもおかしいのですが、社会に生きている以上、ある程度のパフォーマンスが必要でしょうとは思いますけれど、目立つ事ばかりに神経が使われて実が伴わない、したがって仕事が充実しない人をこの所何人か見ていて、この人は満足しているのかなぁ?と疑問に思っておりました。
人の注目を浴びたいのなら、少し時間がかかってもきちんと自分の土台を固めて、自分に与えられた仕事を完璧にやっていれば、自信が出て来て「オーラ」が出て来る様に思います。

 この頃感じるのは、目立ちたい人、讃められたい病の人、責任がかかる事から絶対に逃げる人、危うい感じがします。
見ていると、結局は社会から浮いている様に見えますから。

衣替え

 日本の風習で、六月は冬物から夏物に替る月と云われております。
和服の場合、それがもっと細かくて、帯締め・帯揚げ迄がガラリと替ります。
袷(あわせ)、単衣(ひとえ)、絽(ろ)、紗(しゃ)、無双(むそう)等、着物の種類は本当に数が多く、着方を間違えると季節感を疑われてしまいます。

 箪笥を開けると、何年も手を通していない着物がたまには風を当ててくれと云う様に目に入って来ますが、何か毎日忙しくて帯を結ぶ余裕がありません。
五月で袷の季節が終るので、今月の千種会は一寸御粧し等と思ったりして眺めました。

 綸子(りんず)の真っ白い反物をみつけました。
昔買ったものだと思いますが、これを仕立て、神前に座りたいと初めて思いました。
その瞬間、神と仏の差が、身体に鞭を当てられた様に解りました。
やはり神は白です。

この頃のお笑い

 私は「お笑い」とうたってTVで放映されている番組が余り好きではありません。
笑う事は大好きなのですが、これでもこれでもかと押しつけがましい漫才を見ていると、ついもう少し頭を使いなさいと言いたくなります。

 シリアスなドラマの中でフッと笑いを誘われたりするシーンがあると、何かとても楽しい気分になるものですが、うるさいだけの様に見える今のお笑いって、何とか工夫出来ないものでしょうか?

 古典落語の様な達者な話術とか、アッと驚くような仕草とか、頭の良い若手芸人さんの智恵やセンスを期待しております。
「笑う門には福来たる」と云いますが、今のお笑いでは門を閉ざしたくなります。

私は数学が嫌い 消えない記憶

 昔から「数学」が大嫌いでした。
文系の家系ではありましたが、程々の成績を取っていたのに、ある日、サイン・コサイン・タンジェント等が始まった授業時間中、数学教師の誠に無礼な発言と配慮のなさに教室中が固まってしまって以来、その学校の数学は私の頭の中から消えました。
被害者が私ではなかったのですが、ティーンエージャーは、その頃皆純粋でした。

 今でも私が最も嫌っているのは、無礼・無神経・責任転嫁の類いです。
別に突然変異の様に出て来た性格ではありません。
私を護っている方が、私をその様にお作りになったのでしょう。
今でも×や÷の入った長い計算はお手上げ。
かなり時間がかかります。
それでも、思い出しても怒りが湧くのですよ。
執念深い方ではありませんから、大きな出来事だったのですね。

生命力

 正月に松竹梅を生けました。
ひと月近く経って、まだ元気なので切花なのに庭の土に下ろしてみました。
驚いた事に、葉が出て来ました。
予想と異なり、最も強いと思っていた松は、半月で枯れ始めましたし、竹もまだ健在ながら新しく伸びる気配がありません。
驚いたのは、梅に次々と葉が出て参り、3月同じ様に挿した桜も活き活きしています。
人間も植物も、生命力はそれぞれなのですね。
勢いを貰います。
そう肥えた土でもないのに一生懸命生きようとしているのを見ると、寒々しい話題が多かったり、楽しい事ばかりある訳ではない人世を必死に生きている人間と全く同じだと思います。
どちらも成長して花が開いてくれたら嬉しいと、柔らか葉を眺めて居ります。

「狩野派」を少し学んで

 今年の「ちぐさ会報」に兼々思っていた絵画の狩野派の事を書きました。
私の認識では、画家は孤独で自分の感性や伎倆を画く人達と思っていましたので、「狩野派」と云う画家大集団に興味を持って、500年も続いたその活動の原点を知りたいと思い、簡単にまとめたものです。

 平均年齢70歳の、歴史を学ぶ会「千種会(ちぐさかい)」は地味な集りですが、私の文章に対して思いがけない反応があり、驚きました。
その派に属していて離れた者、その手法のそれぞれの異い等教えて下さったり、分厚い画集を送って下さったり、感謝して居ります。
それと共に、皆良く勉強なさっていると尊敬の念を持ちました。
「能ある鷹は爪を隠す」
言葉数が多いだけでは本物じゃありませんね。

過ぎた時間は戻らない

 ご多分にもれず地球の引力の関係もあって、お肉のつき具合が変って来て以来、何とかせねばと思って来ました。
TVのCMや雑誌の広告に釣られて健康器具を買ったりしても、何ヵ月も続きません。

 今朝、庭の草むしりをしていて、何と疲れる事か、思い知りました。
3ヵ月座ってご覧、必ず痩せる云われた座布、インナーマッスルを鍛えると聞いて買ったゴムボール、もう2年も経ちます。
きちんと飽きずに続けていれば、広告通りじゃなくとも、下へ下へと降りるお肉のスピードももう少し遅かったかもしれないのに。
2年間七百数十日、時間にして2万時間はもう戻って来ません。
これからはの時間をきちんと使おうと決心(いつまで続くやら?)した次第です。
プロフィール

彌叡

Author:彌叡
神の別魂を持つと言われて幾年。 神ながらの道を歩きつつ、思う事、感じる事を書いて行きます。
御相談はAdept・Mentor 島津相談室のHPの方からお願いします

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