男性と女性

 一般の社会で良く永遠の問題と云われる事の一つに、嫁姑の確執とか無理解のすれ違いがあります。
しかし、私はそれよりも男と女、夫と妻の問題の方がずっと大きいと思って居ります。

 お互いが相手を思い遣り、同じ方向に一緒に歩こうと思えば、自ずと日常生活をどう営めば良いのか解ります。
お互いを本当に好きなら、好きな人を生んでくれた両親も大切で当然です。
勿論、時代が流れて居りますから、すべてに意見が合うとは思いません。
よく話し合う事ですよね。
その根底にあるのが、夫と妻の仲良さや優しさであり、男として女としての魅力を忘れない事だ
と思います。
 自分の最も美しい顔は、夫に見せましょう。
きちんと向き合う、頼もしい明るい姿は、妻に見せましょう。
他人の為に化粧をするのではありません。
浮気心も起きない二人の関係こそ、美しいと思います。
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お辞儀

 TV画面の歌手やタレントのお辞儀を見ていて、色々感じました。
最敬礼どころか120度も身体を曲げる演歌歌手。
首だけをちょっと曲げて、それが生き方の証みたいな人。
芸能界での色々な教育があるのでしょうが、どちらも不自然に思います。

 きちんとお辞儀の出来る人は、割合常識人が多いようです。
と云うよりも、ノーマルに育った人は、礼儀を心得ていると云う事でしょう。

 お辞儀って本当に難しいと思います。
相手にちゃんと目を合せてから頭を下げる様に、昔教わりましたが、つい先に腰を曲げてしまいます。
会釈とお辞儀と最敬礼と区別して、間違いない姿勢を保ちたいと思います。

若さ

 今日は若い人達に元気を貰いました。
沢山の青年達が真剣に学び、質問をし、ディスカッションをして生きている姿や目標を見せてくれました。
いい加減に生きていないと云う事は、パワーがありますね。
礼儀も正しくて、配慮もあって、凄く嬉しゅうございました。

 人に思いを致し、気を配る事は人間の原点でしょう。
お山の大将で自分本位のみで生きている人は、先々自分が淋しい人世になる事に気づかないのでしょう。
これは年齢ではなく、本質だと思います。

 今日も楽しい集りでした。

霊能者と云う扱いがおかしい

 第六感、俗に霊感が強い人がこんなに多く居るとは思いませんでした。
神系、佛系、それぞれ違いますが、頭脳の中で今何を考えているのかが視えたり、家の北東に黒い影を見たり、それを祓うと急にその辺りが明るくなったり、誠に不思議な事が数多くあります。
この第六感の鋭さを生活や仕事に使えたら、こんなに強い事はありません。
ただ、間違った使い方をすると、世の中に流れている「霊感は胡散臭いもの」と云う風説に入ってしまいます。
必ず、自分の成長に役立てるものと云うポリシーを以て磨きましょう。

 勘が鋭いと云う事は、恵まれた資質です。
見誤らぬよう気をつけて、視野を広げたり、深く視たり等に役立たせて戴きたいと思います。

 過去十数年の霊感・霊能者ブームや商法で、メディアは一様に怪しいものと位置づけてしまいましたが、これは一方的です。
名医は全て霊能者、踊りの名手も名演技者も霊能者だと、私は思って居ります。

祈り

 曾て、現皇后は皇室の役目は「祈り」であると述べられました。
私もそう思います。
皇室は、この日本と云う国の安泰と発展、国民の健やかな日常を祈られて二千数百年の祈りを捧げられて居られます。

 昔、御成婚の頃は美しい良家の御嬢様と云う感じでしたが、この頃は直にお見かけ致しますと廻りに透明なオーラが漂って居ります。
綺麗なオーラです。

 私の祈りは、各家の繁栄です。
そして家族が悔いのない仕事が出来る様、支える祈りです。
朝、心の落ち着かない状態で神に手を合わせますと、「ビシッ」と鋭い音で必ず叱られます。
どんな状態の時も視て居られるのだと思いを新たに致しますが、常にきちんとした意識を持っていないと揺らぐ時が出て来ますね。

 手を重ねる毎に汚いものが嫌いになって来て、心地良く神の世界に浸っていたいと願います。
「アジマリカム」と唱えますと、自然に心が静まります。

ストレスとの闘い

 のんびりした私でも、何ヵ月かの間には澱の様に小さなストレスが溜って心の平均が取れない事があります。
長い間生きていますから、消化の仕方は智恵として解っているつもりですが、少々バランスが崩れるとイライラして来る時があります。
そんな時は外に出ます。
何も考えずにウィンドーを見て廻り、人の動きを見て、その中の一人になって歩いて居ると、段々落ち着いて参ります。
情けない事に、私は一人で喫茶店や飲食店に入れませんので、自販機でコーヒーを買って水分を補給するのですが、これがマホガニー造りの大きなテーブルでもあるティールームにでも入ってモカでもゆったりと頂けたら、もっと早く自分に戻れるのですが。
ピタッと足が止まり、拒否感が出て来るのです。
誰方かと御一緒なら平気ですのに、昔の躾けのせいだよと、家族には言われますが。
仕方なく、帰って来て、飲まず食わずの短い旅を終らせます。
それでも、ストレスは随分消えております。
安上がりな方法です。

着物

 TVで女性演歌歌手の歌を見て居りました。
聞くと云うのが正しいでしょうか。
みんな和服、日本の着物は本当に美しいと思います。
舞台で着る様な訪問着や振袖も美しいのですが、紬をキリリと着たり、小紋をしなやかに身にまとうのも、日本人ならではの美しさを感じます。

 ある歌舞伎通の方が言いました。
衣紋の抜き方、半襟の出し方、衿の合せ方でその人の職業が分ると。
歌舞伎役者の夫人は、衿をつめた同じ着方をしていて、席に座っていてもすぐに分ります。
踊りの師匠、茶道の先生、宝塚の着物生活が長かったお年を召した方、みんな異なって興味があります。
それにしても、同じ巾の長い反物から、こんなに美しい着物が出来て、様々の表情をみせるのは楽しいものです。

年期

 駅まで歩く道すがら、この半年程前から包丁磨ぎの方が小さな店を出しているのを見て居りました。
余り用もないのでいつもは通り過ぎてましたが、今日はその技に驚いて暫く立ち止まって見てしまいました。
刃先30センチ位の出刃包丁を大きな砥石で静かに静かに研いで行くのです。
峰の方、刃の方、そして裏の方、段々鈍い光が輝いて行くその研ぎ方は、永い年期の入った職人の技でした

 この頃は百円ショップなどで簡易な砥石が売られていますが、少し切れる様になるだけで、またすぐに切れ味が鈍ります。
やはりマイ包丁は、愛着を持って、しっかり使うものだと痛感する様な技でした。
年期と云うのは伊達じゃないですね。

千種会

 年齢を重ねるに従い、手足の動きも柔軟とは程遠くなったり、よく物忘れをする様になり、これは幾ら抵抗しても抗い切れないものがあります。
でも、自分で自分を愛するなら、その波がなるべく来ない様に気をつけた方が良いですよね。
よく歩いたり、マメに動いたりすると、身体の老化は随分遅くなる様に思います。
頭の方は余り平穏で物事を考えないと、確実に呆けて来ます。

 ボケない為の方策の一つに、私が20年加わっている「千種会」は、平均年齢70歳の「歴史を調べて学ぶ」会です。
生れ、育ち、学歴、キャリア、家庭状況、全て一切関係なく、50歳から90歳迄の月一回の集り。
年一回の会報発行、これが結構頭脳を使います。
書店で探したり、図書館に行ったり、書物に出て来る場所に行って調べたりしていると、心身両面の運動になっていると感じます。

 人様に迷惑をかけたり、心配させたりしない、これが生き方の基本だろうと思っていますから、自分の為に出かけて行きます。
病気から来るもんどえなければ、呆気は自分で防ぎませんとね。

神との対話

 毎朝、神棚の若水を替え、手を合わせます。
生れた時からの習慣です。
私は二礼して八拍の拍手を打ちます。
これは「貴方は神の分魂を戴いて生れた人ですよ」と仰った宮司さんに教えて戴いた作法です。

 ゆっくり一拍ずつ打つ毎に心が集中します。
七拍八拍になると、今の現実社会に居るのが仮の形に思えて来ます。
朝の挨拶と共に、守って下さる事へのお礼を言葉にして申し上げます。
お願いは一切致しません。
あるがままの姿で頭を垂れます。
そんな時は、宇宙の中の一人になったと実感致します。

 幼い頃からキラキラした小さな星を身の廻りに見て居りましたし、何気なく口から出た言葉がその通りの結果を見るなど、色々不思議な事はありましたが、分魂を戴きお役目を与えられているとは、露程も知りませんでした。
そう云えば御巣鷹山に墜落した日航機に、その一ヶ月前搭乗していましたし、二度の大病からも周囲の人達の予測と期待を裏切る?様に生還してます。
やはり、私を生んだ神が守って下さっているのだと、有り難く思って居ります。
その分、人様にお返ししなければいけませんね。

 皆様がお倖せになられるように。

年を重ねる

 良く声が聞こえていたお隣の老人が姿を見せなくなり、筋向かいの笑顔が素敵だった老女も見かけなくなって暫く経ちます。
豊かな立派な御家庭で、何不自由ない御暮しとお見受けして居ましたが、70歳を過ぎた頃から小さな失敗をなさるようになり、徘徊が始まり、時折叱責の声が聞こえていたのですが、今は老人ホームに居られる由、一安心したものの、老後の生き方をしみじみ考えます。

 ある方の述懐に「生れてから親に気を遣い、嫁しては夫に気を遣い、老いては子に気を遣う。私の人生は何だったのだろう」とありました。
それならずっと自分と云うものを持たずに過ごしたのかと思いましたが、老いて自分を止めていた理性が消えて来ると、自分を表に出して来る様になったのでしょうか。
家族はそれを老人の我が儘と取るかもしれませんが、心の奥はその人しか解りません。
我が儘なのか、心の吐露なのか、真面目に向い合う人が居たら幸せだと思います。

 でも、人に迷惑をかける様な「呆気」にならぬ様、沢山考え、沢山動き、何よりも神経を使う事で、加齢と些かなりとも立ち向かえるかもしれません。

 雨の日は何処へ出かける気も起きず、空の雲に向って早く何処かへ行っておくれと言いたくなりますが、今日、猫の額の庭で雑草までが活き活きと緑濃く立っているのを見て、生物にも植物にも水は必要なのだと、当り前の事を馬鹿の様に感じました。
今年は黄砂が多く、また風も強くて、庭の榊の葉まで色が変って居りましたが、土砂降りの雨に洗われて生き返った様です。

 血をサラサラにする為、健康の為に、出来れば一日2ℓの水を飲みなさいと良く云われます。
これは中々大量ですが、何回かに分けたらそう苦じゃなく事を知りました。
肌も水分が足りないとシワシワになりますし、原則的な事にやはり逆らうまいと思います。

素晴しい声

 世界の美しい歌を唄うサークルに入って半年が経ちました。
恥ずかしながらの大きな口を開けて歌う事の楽しさは、日常の小さな憂さなど吹飛びます。
教えて下さるのがプロのソプラノ歌手ですから、小さい頃から磨かれた声とは何と素晴しいものだと感嘆して居ります。
自分は永く生きて、一体何を磨いて来たのだろうと悔いが残りますが、今こんな美しい歌を歌える幸せを享受して、優しい想いを胸に充たしたいと思います。

 「フィガロの結婚」「トゥランドット」「月の砂漠」「夜霧の忍び逢い」など、聞いた事のあるメロディーも作詞者・作曲家、それに翻訳者の作る思いを説明されますと、その想いを受け取りたいと思います。

 それにしても、歌う事は、深呼吸にもなり、リズム感の訓練にもなり、身体に良いですね。
意外に歌えるものです。

私の願い

 私の願いは、清い事、潔い事、自然な事、優しい事。
この処、「品格」と名付けた本が随分出ている様です。
読むと、当り前の事が、さも必要な事の様に書いてありますが、そこ迄お行儀の悪い物知らずの人ばかりが居る様には、私は見ていません。
ただ、自分ばかり大事に考えて、他の事に迄想いが及ばない人は居る様ですね。

 年齢に関係なく、そんな人の話を聞くと、思い遣りが無い人は、段々孤独になって行く人が多い様に感じます。
誰が何処で見ているのか解りませんが、「天知る地知る人知ると云う」古人の言葉が大切に思えて来ます。
プロフィール

彌叡

Author:彌叡
神の別魂を持つと言われて幾年。 神ながらの道を歩きつつ、思う事、感じる事を書いて行きます。
御相談はAdept・Mentor 島津相談室のHPの方からお願いします

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